社長の計画 1

〜written by ぱんだ〜








深夜1:00過ぎ。


真澄はエクセルで作成したタイムスケジュールを眺めながらブランデーを口に含んでいた。

念入りに現地の情報はネット収集し、効率よく且つセンス良くまとめた。その集大成に満足

すると心地よい疲労感が体を巡る。


「いよいよだな・・・」

真澄は思わず独り言を吐き出した。







「紅葉を見ながら温泉って憧れちゃうな。」

旅番組を見ていたマヤがポツリと呟いたのは一ヶ月前。

互いの気持ちが通じ合うようになって一年、そして誰の目も気にせずに手を繋げるような関係

になって半年ばかりが経ったが真澄とマヤの交際は韓国ドラマも驚くほどの清いものであった。

勿論、真澄は満足などはしていなかったのだが、そう焦るのもカッコ悪い気がして余裕ある振る

舞いをしているうちにタイミングが掴めなくなってしまったのだ。

日々、悶々としていた真澄の横でマヤが絶好のチャンスを与えてくれるとは!


「じゃあ、今度のオフで一泊旅行にでも行くか?」

胸で鳴るファンファーレがマヤに聞こえてしまいそうだったが、極めてトーンを落とし真澄はマヤ

を誘った。


「本当!?私、露天風呂に行きたかったの!すごく楽しみっ。」

マヤはまるで子供の様にはしゃぐ。


― マヤをついに・・・ ―

無邪気なマヤとは対照的に既に真澄の脳内では「マヤと温泉でしっぽり計画」が念入りに

練られていたのだった。












1日目 8:00 マヤを迎えに行く


爽やかな秋晴れ、非常に良いスタートだ。

真澄はマヤの住むマンションに車を停めると携帯電話を取り出した。

Ru Ru Ru Ru・・・

呼び出し音がもどかしい。

いつも通り迎えの合図は携帯電話の呼び出しだった。しかし、数回コールしても愛しいマヤの

声が現れないのだ。


― なんだ?寝坊か?もしかして旅行が楽しみで昨日は眠れなかったのか?

昨日寝ておかないでどうする、マヤ?今晩の睡眠時間は保証できないぞ!? ―


電話に出ないマヤにイラつきながらも真澄は幸せな妄想に余念がない。

最近の彼は若干プラス志向になってきたようだ。

めくるめく妄想をすること約30分、ようやく携帯電話が鳴った。


「ごめんなさい、速水さんっ!今、向かいますっっ!!」

マヤの慌てている様子が目に浮かび、「転ばないように気をつけろよ。」と真澄は答えた。

出発時間は軽く押していたがこの程度の遅れは計算済みだ。

ここは笑顔でマヤを迎えるのが余裕ある大人のふるまいである。



「おはようございます、速水さん。遅刻してごめんなさいっ。」

大きなボストンバッグを抱えたマヤがコンコンと運転席の窓を叩く。

真澄はすぐに車を降りるとマヤの荷物をトランクへ運んだ。


「君は一体、何泊するつもりなんだ?」

自分のすっきりとした荷物とは比較にならないそれを見て、真澄はマヤをからかった。


「女の子はいろいろあるんですー。あ、中で食べるおやつは出しておかなきゃ。」

嬉しそうにお菓子の袋を抱えたマヤはやっとのことで助手席に落ち着いた。


「準備はいいですか、お姫様?」

「はいっ!お願いしま〜す!」

二人を乗せた車は秋風に乗って爽やかに動き出した。












10:00 サービスエリアに到着


スタートが遅れたにも関わらず予想していた高速道路渋滞もなかった為ほぼ定刻通りに

予定のサービスエリアに到着。


ー 完璧だ ―


空に続く紫煙に目を細めながら真澄は満足げに微笑んだ。


「本当にこれ美味しい〜。いつも連れて行ってくれる高級なお食事も素敵だけどこういうのも

大好きなの。

速水さんってどうして私のツボがわかるんだろう。」

婦女子に大人気だというメロンパンをほお張りながらマヤは幸せそうに真澄を見つめた。


ー ドウシテワタシノツボガワカルンダロウ、ってマヤ、おいっ!頼む、もう一度言ってくれ!!

いや、それは今夜まで取っておこう・・・。 ―


マヤの純粋な発言もついつい邪な妄想に結びついてしまう。

いかんいかん、俺はあくまでも余裕たっぷりの速水真澄だ。


「ハハハ・・・そんなの簡単だろう。チビちゃんには食べ物を与えておけばご機嫌になるじゃ

ないか!」


「ひどーい。またバカにしてー。」


毎晩のネット三昧で通り道に人気のメロンパンがあると知った。速水真澄ともあろう者がサー

ビスエリアで休憩というのもどうだろうかと思っていたし、わざわざ気に留めることないエリア

だった。しかしマヤと過ごす時間が増えていくにつれ、どんどん自分がマヤに染まっていって

いるようだ。それはちっとも嫌なことではなかったし、マヤの喜ぶ顔は真澄の原動力にもなって

いる。

楽しく軽口をたたきあいながらじゃれ合うひと時。真澄はこの上ない幸せを感じながらマヤの

髪をくしゃっと撫でた。


「さ、そろそろ出発の時間だ。もうすぐ紅葉が見られるぞ。」

ふくれていたマヤがやっぱり可愛らしかったので再度よからぬことを考えてしまわぬように

真澄はマヤの手を引いてゆっくりと歩き出した。












11:30 車中でラブラブ


・・・のはずだった。真澄のタイムスケジュールはここまで順調だったのだから。

「ところで君の遅刻の原因なんだが・・・」何気なく口にした真澄の一言がいけなかった。

「そうなの。里美さんから急に電話がかかってきて。アメリカからですよ?びっくりしちゃった!」


そんな言葉が返ってくるとは夢にも思っていなかった真澄はハンドルを持ったまま固まってしま

った。山道だったら危うく事故になっていたところだ。



里美茂・・・マヤの初恋の人でありお互いの意思と関係なく、別れなければいけなかった二人。

その後の彼はアメリカで修行を重ね、来年のハリウッド映画にも出演が決まるほどの実力派

俳優だ。

里美は昨年からモデルの女性と交際宣言をしているし、マヤとも本当にただの友人になって

いるという事は秘書の水城や他の連中から嫌という程聞かされている。

今は自分のことを愛してくれているマヤに余計な束縛をしたくないと、あまりうるさいことを言わ

なかった真澄ではあったが、今日の「温泉でしっぽり計画」を出だしから挫かせたのが里美だと

思うと苛立たずにはいられない。


「ついつい話に夢中になっていたら時間がとっくに過ぎてて、携帯も音を小さくしてたみたいで

全然気がつかなかったの。ほんと、ごめんなさい・・・。」


ー 俺の存在を忘れて初恋の男と電話で話していたのか・・・? ー

真澄は温泉さながらに体中の血液がコポコポと音を立てて沸騰していくのを感じた。


「じゃあ、君は俺との約束などは忘れて他の男といちゃついていたってことか?」

極めて冷静に言葉を放った真澄に今度はマヤが耐えられなくなった。


「どうしてそんな言い方するの?里美さんはそんなんじゃないもの!」


「じゃあ、どうしてわざわざあいつはアメリカから電話などしてくるんだ?」


「そ、それは・・・」


「それは?」


「もういいっ。速水さんとはしばらく話をしたくありませんっ!!」


マヤは力いっぱいそう叫ぶとプイと横を向いたまま真澄の方を一度も見なくなった。



ー ああ、どうしてこうなる?里美のヤロウ・・・ ー

あまりの怒りにETCゲートの減速を忘れて激突しそうになりながら重い空気を車内に蔓延させた

二人は高速を降りたのだった。











13:00 イタリアンレストランにて昼食


あれから一言も会話がないまま、ほぼ定刻通りに目的場所に到着した。

隠れ家風のレストランは一日限定3組の落ち着いた雰囲気である。温泉宿は和食だったので

ランチは洋風が良いだろうとあらゆるリサーチをかけて見つけた店だ。

マヤはどんな顔をしてこれを食べるのだろう・・・

あんなに細い体で、びっくりするくらいの量を食べるのだろうな・・・

真澄はマヤとの楽しいひとときを思い浮かべながらこの店をセレクトしたのだ。それがどうして

こんなことになってしまったのだ。

シートべルトをしたまま動こうとしないマヤに溜息をこぼし、真澄は運転席のドアを開けた。


エーーーン  エーーーン

その刹那、けたたましい子供の泣き声が秋空に響く。

車の後部に目をやると泣き声の主である小さな少女が不安そうな顔でこちらを伺っていた。


「お嬢ちゃん、どうした?」

大きな体をかがませて自分の目線に合わせて話し掛けてくる綺麗な顔をした大人に少女は

目をパチクリさせて、ゆっくり口を開いた。


「パパと・・・ママが・・・いないの・・・。ふわ・・・ひとりになっちゃった・・・。」

そこまで話すと少女はまたグズり出した。

ここはこのレストラン以外に建物は見当たらない。少女の両親はこのレストランの中にいるの

だろう。


「大丈夫だよ。一緒にパパとママを探そう。」

真澄は少女に微笑みかけながら立ち上がった。


「速水さん・・・?」

振り向くといつの間にかマヤが傍に立っており心配そうに覗き込んでいる。


「この子のパパとママはきっとこの中だ。行くぞ。」

真澄が少女の手を引き、スタスタ入り口に向かって歩き出したのでマヤも慌ててその後をついて

行った。

以前もこんなことがあった、とマヤは思い出していた。

まだ自分の気持ちに気付いていない頃、二人で行った秋祭り・・・

迷子になった男の子の母親を真澄は肩車をしながら一生懸命探していた。

マヤの中で真澄が与えてくれた沢山の優しさが溢れてくる。何気ないひとつひとつが全部好き

なのだとマヤはいつも思うのだ。


「おねえちゃん、このおじちゃんカッコイイね。ふわのパパにちょっと似ているよ。」

ふわと名乗ったその少女は既に泣き止み、マヤにニコニコと話し掛けた。

「おじちゃん」とサラっと言われたことに真澄は少し硬直したが、子ども相手だ。そうカッカしても

仕方あるまい。


「そっか。ふわちゃんのパパ、この中にいるといいね。」

そうマヤが微笑むと少女は繋がれていない片方の手をマヤに絡めてきた。少女を間に手を繋ぐ

この光景を見て真澄の頭の中では「結婚式→子どもの誕生→幸せな家庭の縮図」が16倍速で

上映中だ。

マヤも心から楽しそうな顔をして少女と会話をしている。

さっきまでの重苦しい雰囲気から一転、なんと空気のおいしいことか!


― ふわちゃん、グッドジョブだ! ―

真澄は心からこの少女に感謝した。


少し重い扉を開けると少女を探しに来たであろう母親に出くわした。


「ふわちゃんっ。勝手にお外に出たらだめでしょうっっ。」

母親は少女を抱きしめ安堵の表情を見せた。

「ご親切にありがとうございます。ご迷惑をおかけしまして・・・。」

真澄とマヤの姿を確認すると母親は深々と頭を下げた。

「いえ。私たちもふわちゃんとお話できて楽しかったですよ。良かったな、ふわちゃん。」

真澄とマヤが覗き込むと少女は弾けるような笑顔を見せた。


「ふわっ。心配したぞ!!」

慌てて駆けつけた父親も母親と同じようにその少女を力いっぱい抱きしめた。


「本当に何とお礼を申し上げたら良いのか・・・、ほら、ふわもお礼言いなさいっ。」

父親は少女の手をひいて真澄とマヤに頭を下げた。


「おじちゃん、おねえちゃん、ありがとう。ね、ふわのパパ、顎が長くておじちゃんに似ている

でしょ?」

少女が屈託のない笑顔で真澄に問い掛けた瞬間、その場にいた大人たちは全員白目になっ

て固まった。


「あああ申し訳ありません。娘が失礼なことを・・・」

慌てた少女の両親が何度も真澄に頭を下げる。


「いや、いいんですよ。アハハハハハ・・・」

乾いた真澄の笑い声がレストランに響き渡った。










迷子騒動も落ち着き、真澄とマヤはランチの席についた。

雰囲気のある店内は優しい木の香りに包まれ、出される食器類も全てオーナーの手作りに

よるものだった。都会にある高級なレストランは緊張するから苦手だというマヤもこの店構えには

キャッキャッとはしゃいでいる。そして、色とりどりの前菜やスープを見ながらマヤは真澄の予想

以上に嬉しそうな反応をした。そんなマヤを見ていると寝る間を惜しんでリサーチし、必死で予約

した甲斐があったと真澄は目を細めるのだった。


しかしデザートが二人の前に出された時、予想に反してマヤは突然フォークを置いて真澄を見つ

めたまま固まってしまったのだ。


「どうしたんだ、急に?まさか君がもう食べられないなんてことはないだろう?」

マヤは少し目を伏せるとその大きな瞳からボロボロと涙をこぼした。


― どうしたっ!?俺はこの店に来てからはマヤを泣かせるような事をしてないぞ?何故マヤは

突然泣き出したのだ?ま、まさかさっきの少女が言ってたように俺の顎が最近伸びてきた事に

ショックを受けているのか?? ―

マヤの涙の訳もよく分からないが、この真澄の思考もよく分からない。

白目青筋で固まっている目の前の男にマヤはようやく口を開いた。


「ごめんなさい・・・今朝のこと、遅刻したこと本当にごめんなさい・・・。」

流れる涙を拭いつつ、マヤは続けた。


「速水さん、メロンパンとか、このお店とか、私の好きそうなところ探してくれたんだよね。お仕事

忙しいのに私ってば全部任せっきりにして・・・。なのに今朝はひどい態度取っちゃって、速水さん

はちっとも悪くないのに・・・ごめんなさい、本当にごめんなさい。」


最後は正面を見ることもできずナプキンを強く握り締めたままマヤは真澄に詫びた。一言発する

たびにポロポロと涙を落とすマヤに、真澄は何を言うことができるだろうか。


「チビちゃん、もういいから早く食べなさい。せっかくの紅茶も冷めてしまうぞ。」

フルーティーな香りが心地よい自家製の紅茶と洋梨のタルト。勿論、マヤの好物でない訳が

ない。

「君の好きそうな場所を考えるのはちっとも大変じゃないんだ。君は、笑っていてくれればいい。

だから泣き止んでくれないか?」

真澄はマヤの頬に触れ乾ききっていない涙を拭った。


「いらないのなら俺が食べてしまうぞ?」


「速水さん、甘いモノ苦手なのに?」

マヤがこの上なく可愛らしい顔で首をかしげるので真澄も自然に笑みがこぼれてしまう。

しばし真澄は幸せそうな顔でケーキをほお張るマヤに見とれていた。


「速水さん?いらないのなら食べてしまいますよ?」

言われる前にそうするつもりでいたけれどマヤの言葉に「仕方ないな」という形だけの表情を浮か

べて、真澄はホイホイと自分の皿をマヤに渡すのであった。


― イイ!とてもイイ展開だ!! ―



マヤが二人分のデザートをあっという間に平らげ、二人は穏やかなムードで店を後にした。





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