きのこチックに恋して〜キノコ狩りの夜のその後〜 1
〜written
by しずか〜
―――大都芸能社長室―――
真澄の鼻息の荒い声が辺りに響き渡る・・・。
「だから、何としても探し出すんだ!! どんな手段を使っても構わん。いいか、分かったな!!」
ガチャン!!
真澄はおもむろに受話器を置き両手でバンッと机を叩いた。
「えーぃ、なんてことだ!!」
彼の最近の電話のやり取りといったらそればかり・・・。
こんなに真澄が取り乱すのは紅天女の上演権取得のとき以来だ。
彼が、そうまでして、何としても探し出したいもの・・・。
それは・・・。有望な俳優でもなく、大都グループにとって強力な取引先でもなく・・・。
先日、マヤとのキノコ狩りで手に入れた例の『紫のキノコ』であった。
紫のキノコ・・・。
その効能は言うまでもない。
食べた人の情欲を最大限に引き伸ばすそれはそれは魅惑の代物・・・。
先日、何も知らずに食べてしまったマヤは、本来の奥手質な性格とは裏腹に、とんでもない狼少女に大変身を遂げたのである。
その行為の激しさ、すさまじさは、さすがの真澄も舌を巻くほどだった。
明け方まで激しく燃え上がり何ラウンドも行われる始末。
マヤがあんなに熱烈に求めてくるのは初めてのことだった・・・。
しかし、あれからはもう何もない普段通りの日々・・・。
仕掛けてきたマヤ自身、あの日の夜のことは全く覚えておらず、翌日からは何事もなかったようにケロっと過ごしている。
“せめて、せめてもう1度、あの日の感覚を呼び戻して欲しい・・・。”
“いや、毎晩そうして欲しい・・・。”
しかし今となっては、夢幻となっていた・・・。
“キノコ狩りの夜が今も忘れられない・・・。”
“あぁ、あの束の間の激しいひと時をもう一度・・・。”
真澄は事あるごとにため息をついてばかりだ。
完全に心は何処か遠くを彷徨っている。
あの日以来、真澄は仕事どころではなかった。
キノコ狩りの夜に繰り広げられた鮮烈なマヤの姿は、彼の脳裏に数秒おきによみがえり、会議中も上の空、
報告書に目を通すといっても逆様に読む始末・・・。
もう、何も手につかない。仕事に身が入らない・・・。
“これは、何としても手に入れなければ!!”
しかし、聖の報告によると、例のキノコは百年に一度生えるかどうかという貴重なキノコだったらしい。
それは最近、山の番人のおじいさんに問いただして分かったことだった・・・。
真澄は拳をぐっと握り締めた。
「くそっ! それが分かっていたら・・・。」
―― こまめにジップロックに包んで冷凍保存して、夜な夜なマヤに食べさせたのに!! ――
真澄は激しく後悔していた。
やりきれない想いは、真澄の心を駆け巡る・・・。
「百年後なんて、待っていられるか!しかも、それはあくまで確率論だ。
たまたま、統計学的に百年に一度だったとしても、ときには時期がずれて翌日にまた生えてくるかもしれない。いや、生えるに違いない!」
「いいか!何としても探し出すんだ!!」
それが、最近毎日繰り広げられる聖との電話のやり取りだった・・・。
そんな真澄の苛立ちをよそに受話器の向こうでは、聖は完全に呆れ果てていた。
“いくら影の使命とはいえ・・・この聖はもう限界でございます。”
“こう、毎日毎日キノコ調査では、他の重要な仕事がはかどりません。”
“しかも、見つかる可能性のあるものならともかく! 百年に一度の代物を毎日探させるなんて身体がいくつあっても足りません。”
“もう、何とかして頂きたい!!”
ここのところ毎日が体力勝負の日々。
聖だって、ここまで振り回されてキノコの山で捜索させられるのは、はた迷惑もいいところである。
彼も真澄と同様ため息ばかりの毎日であった。
ため息というよりは息切ればかりの毎日であるのだが・・・。
しかし、百年に一度のキノコなんてそんな簡単に見つかる筈がない。
というか、普通は諦めるものだろう・・・。
“これなら、危険人物の尾行調査の方がまだマシだ!!!”
そんなことを考えながら車を走らせていると、思わぬところで一人の少女を見つけた。
“あ、あれは北島マヤ様では・・・。”
マヤは、とあるデパートの前で出入りする周囲の客を眺めながらオロオロしていた。
どうやら入ろうかどうしようか迷っているようだ。
聖はそんなマヤの不安げな態度が気になって路上脇に車を止め、マヤに近づき話し掛けてみることにした。
「北島マヤさん・・・ですね・・・。」
マヤが振り向くと聖が立っていた。
「あぁ、聖さ・・・じゃなくて、週刊セブンジャーナルの松本さん。お久しぶりです。」
マヤの顔が急に輝きだした。
思わぬところで聖に会ってとても嬉しそうな様子だ。
「マヤ様、こんなところでお目に掛かるなんて・・・。今日は?」
聖は偶然を装って優しく話し掛けた。
「はい、久しぶりにお給料いっぱい頂いたんで、速水さんに何かプレゼントしようと思って・・・。
今まで、あたしばっかり色々貰ってきて・・・なんだか悪いなって・・・。」
「でも、あたしがこんなところに来るなんて場違い・・・ですよねぇ・・・。だから、どうしていいか分からなくって・・・。
友達連れてくればよかったなぁ・・・。」
俯き加減で、少々顔を赤らめながらマヤは今日の予定と真澄に対する熱い想いを聖に話していた。
そんなマヤのさりげない素の態度に聖は胸が熱くなる。
マヤ自身が持つ初々しいオーラが、聖の先ほどの苛立った心を解きほぐしていたのだった。
“こんなところで、モジモジされながらプレゼントを買いに来るなんて・・・マヤ様らしい・・・。“
聖はそんなマヤとの会話をしばらく楽しんでいた。
すると、突然マヤは何か思いついたように瞳を輝かせながらとびっきりの笑顔で聖に話し掛けてきた。
「あ、そうだ。聖さん、速水さんへのプレゼント、何がいいと思いますか?
あたし大人の男の人って何が欲しいのかイマイチ分からなくって困ってたんです。
それで、聖さんだったら速水さんのこと昔からよく知ってるし・・・。あたし聖さんが決めてくれたらその通りにしたいなぁって思って・・・。」
「・・・あ、やっぱり迷惑ですか?」
・・・・・・・・・・・・。
突拍子もないマヤの問い掛けに聖は少々驚いた。
マヤはしげしげと聖を見つめる。
その眼差しは聖に心を許しているからだろうか、男心をくすぐる無防備な表情で瞳をキラキラ輝かせていた。
そんなマヤの笑顔がなんとも愛らしい・・・。
“こんな可愛らしい笑顔で話し掛けられたらさすがの真澄様もメロメロだろうなぁ・・・。”
マヤと話しながら、聖はふっと頭の片隅に真澄のことを思い出した。
と、同時に思い浮かんだ例のキノコの件・・・。
彼は思わず苦笑した。
“マヤ様を狂わす紫のキノコ・・・か・・・。”
“確かにこんなに可愛らしく魅力的なマヤ様に狂うほど愛されたら・・・。”
“男としては確かに嬉しい・・・。”
聖も同じ、男同士。真澄の気持ちが痛いほど身にしみてきた。
“ヨシッ! ここは、何とかお役に立たなければ・・・。”
聖は首を捻って少し考えた。
真澄様への一番のプレゼントといえば・・・。
“マヤさま、あなた様から求めるそのお身体です・・・とは口が裂けても言えないし・・・。”
“でも、それが一番欲しがっているのは確かだ・・・。どうしたらいいものか・・・。”
“そうだ、この際、この手で上手く誤魔化そう。そうすれば、キノコ狩り地獄から私も逃れられる・・・。”
聖は何かを思いつくと、思い切って自らの計画を実行するべくマヤに話し掛けた。
「マヤさま、今真澄様が一番欲しがっているものは・・・。」
マヤの顔をそっと覗き込む。
「何ですか?」
マヤは興味深々で聞き返す。
聖は少し戸惑いながら、一呼吸置いて話し始めた。
「はい、実は・・・紫のキノコでございます。」
「・・・・・????」
「・・・えっ? 紫のキノコ・・・って?」
マヤはしばらく考えた後、思い出したように聖に話し始めた。
「それって、もしかして、この前のキノコ狩であたしが採ったあのキノコのことから?」
意外な回答が聖から返ってきてマヤは驚いていた。
そして、訝しげな表情で聖を見上げる。
と、同時にあの時真澄が全く手を付けなくて、思わずケンカしてしまったことを思い出した。
「でも、あれせっかくあたしが採ったのに速水さんぜんぜん手つけなかったんだから!!」
急にプンプンと怒り出してしまった。
しかし聖は取り乱すことなく冷静に、しかも如何にも反省しているように俯き加減で話し始めた。
「確かにあの時はそうでした・・・が、真澄様はそのことについてあれから大変に後悔しておられて・・・。
マヤさまには、本当に悪いと悩んでいらっしゃいました・・・。」
聖の顔には心なしか哀愁が漂う。
我ながら上手い演技だと思った。
“たのむ、上手くいってくれ!”
心の中でそう呟くと、案の定マヤはそんな聖を見て真澄に悪いと思ったのだろう。
申し訳なさそうに聖に話し掛けてきた。
「あぁ、そ〜なんだ・・・。そ〜だったんだ・・・。なんかあたし速水さんに悪いことしちゃったなぁ・・・。」
どうやらマヤは心から反省し、聖の意見に心が傾いたようだ。
「でも、速水さんが一番欲しがってるものが分かったことだし、早速あのキノコの山に行って採ってこようかしら・・・。」
そして聖の思惑通り、マヤは苦手なデパートを出ようと帰り支度を始め、早速キノコの山に行くべく腕時計をチラリと見たのだった。
“ヨシ!上手くいった!!”
心の中でガッツポーズを作ると透かさず聖がマヤに話し掛けた。
「いえ、紫のキノコはわたくしが用意致しましょう。」
意外な聖の言葉にマヤは驚いた。
「え? でも・・・それじゃ、聖さんに悪いし・・・それに・・・。」
「いえ、ご心配なく。そんなに高いものでもございませんし、体力も労力もそれほど必要ございません。
それにそのキノコがマヤ様から手渡されれば、きっと真澄様は泣いて喜ばれるでしょう・・・。」
「はぁ?」
マヤは、何だか意味が良く分からなかった。
しかし、単純なマヤのこと。
“まぁ、いいや。深いことは気にしないで聖さんの言う通りにしてみよっと!”
聖の意見を素直に受け止め、言う通りにしてしまうのであった。
そして、まんまと聖の手に掛かったのだった。
「聖さん、あたし聖さんの言う通りにしてみます。」
聖はマヤの予想通りの展開に心の中で思わず苦笑した。
“マヤ様は本当に分かりやすいお方だ・・・。“
そして、マヤの両肩をぐっと掴み、入念にマヤに入れ知恵するのであった。
「マヤ様、ではマヤ様は何も考えないで私の言う通りにしてください。それと、食べる日は私が指定した日にして頂きます。いいですね。」
「????」
それだけ言うと、聖はマヤの手をを引っ張って、デパート地下の食品売り場へ直行したのだった。
自らの影としての使命を果たすために・・・。
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