紫のキノコの女(ヒト)  1



「ついに!!ついに手に入れたわ!!!」

紫織は鷹宮邸に着くなり、大急ぎで自室にこもり、思わず声を上げた。

慎重に手に持っていた紙袋の中を確認すると、直径15センチほどの木箱が入っている。

「うふふふ・・・大金を積んだ甲斐があったあったわね・・・。」

紫織は、震える手をそっと伸ばし、木箱を手に取った・・・・。



鷹宮紫織・・・彼女は大都芸能の社長である速水真澄との結婚を控え、幸せの絶頂・・・のはず

であった。

いや、周りにはそう思われているのかもしれない。  しかし、彼女にはどうしても満ち足りない現実

があったのだ。


・・・それは、真澄の心。

真澄は、どう考えても女優の北島マヤに恋をしている・・・。

そして、マヤのほうも真澄に好意を寄せていることなど、紫織の女の勘によって見破られていた。

幸いな事に、当人同士は気持ちを伝え合っていないものの、紫織は不安で不安で仕方がなかった。 

いつ、真澄に婚約破棄をされるのか分からない。

もう、不安な気持ちに押し潰されるのはイヤだった。 でも・・・真澄を失うことなど考えられない・・・。

真澄を自分だけの物にしたい。


・・・そこで紫織は、とある男に大金を握らせ、とんでもないものを入手することに成功した。

・・・それが、この木の箱の中に入っているのだ・・・。


「間違いない・・・本物だわ!」


逸る気持ち気持ちを押さえながら、そっと木箱を開けると、中からはとても不気味な紫色のキノコが

顔を出した。

「これよ・・・これさえあれば、真澄様の心は私のもの!!!ほ〜っほっほっほっほ!!!」

紫織は嬉しさの余り、月影千草もビックリするような高笑いをしてしまった。


紫織が手にしたキノコは、アフリカの奥地で密かに栽培されている、幻に近い紫色のキノコである。

昔は数多く生息していたが、食べた人間に、とある影響を与えることが明らかになり、栽培することも

密売することも固く禁じられていた。 しかし、ほんの一部の場所でひっそりと作られ闇で売られている

ことは事実であり、こうして手に入れることができたのだ。


幻のキノコの効能・・・・それは、『人格の変化』である。

簡単に言うと、今まで好きだった物に興味がなくなり、無関心な事に熱心になるということだ。

 その効果は持続性があり、数年に渡って影響を与えると言われている。

徐々に効果は薄れるものの即効性がある為、紫織には充分満足できる品と言える。

・・・とにかく、真澄の心から北島マヤへの興味を消してしまえば、幸せな結婚生活が約束されるはず

なのだから・・・。


紫織は、ニヤリと笑いながら、キノコをしげしげと眺めた。

「まあ、確かに見た目は悪いけど、上手に料理して、真澄様に食べさせなくちゃね・・・。」

婚約者という立場のお陰で、真澄にキノコを食べさせる事ぐらいは容易な事である。


「真澄様・・・早く紫織だけの真澄様になってくださいまし・・・・お〜っほっほっほっほ!!!」

・・・この夜、何度も紫織の高笑いが闇に響いていた・・・。





あくる日、紫織は早朝から鷹宮家のキッチンに立ち、真澄のためのお弁当を用意しはじめた。

メニューは、『キノコの炊き込みご飯のオニギリ』がメインである。万が一のことを考え、どのおかずにも

キノコの煮汁やら刻んだものを加え、『キノコたっぷりスープ』まで作り、広口の水筒に用意した。

「ああ〜味見できないのが残念なところよね。 まあ、私の料理の腕前なら間違いないわね。」

紫織は鼻歌を歌いながら、念入りにキッチン周りを片付けた。


「ふう・・・これで準備は万端。 それにしても、なかなか上手にできたじゃない。紫のキノコだけに色が

心配だったけど、炊き込みごはんにするなんて、いいアイデアだったわ・・・。」

紫織は鏡を見て自分の身だしなみを整えながら、上機嫌でかなりのウキウキモードだ・・・。

「あら嫌だ・・・寝不足でちょっぴり目が赤いかしら?これって赤目?でも、白目よりはマシだわね・・・・

・・・クスクスクス・・・」

くだらないギャグまで絶好調だ。

・・・数日前から様子のおかしい紫織に、使用人たちは不信感を抱きながらも彼女を送り出した。




紫織はアポなしで大都芸能に乗り込む予定である。

「私は社長の婚約者ですもの!アポなんていらないのよ! だいたい、私が行くなんて言ったら、

うまい具合に断られるわ。最近、パワーアップして紫織のことを避けている感じがするもの・・・。

・・・許せない・・・一刻も早く食べさせてやるわ!!」

紫織は胸の中に悪魔の心を隠し、タクシーを呼びつけ、鼻息も荒く大都芸能に向かった。


コンコンコン・・・・

紫織は勝手に社長室までやってくると、ノックをした。

・・・しかし、返事がない。

『おかしいわね???いないのかしら?水城さんも留守かしら?』

そう思って社長室のドアを開けると、奥のソファーでオロオロしながらこちらを見つめている

北島マヤと目があった。


「あら!あなた・・・こんなところで何をしているの!?」

思わずキッという視線を投げかけてしまい、慌てて笑顔で取り繕う紫織。

「あの・・・あたし、打ち合わせで呼ばれてるんですけど・・・あの、速水さんも水城さんも会議中で、

あと30分くらいで戻るみたいです・・・。」

「あら・・・そうなの・・・ごめんなさいね。真澄様ったら、仕事に関して妥協のできない人なのよねえ。」

ちょっと婚約者の優越感でそんなセリフを言ってやった。  

案の定、暗い表情になったマヤ・・・。


『この子・・・やっぱり真澄様の事!!!!』

紫織はそう思ったと同時に、とてもナイスな事を思いついた。

『そうだわ・・・この子にも食べさせてやればいいのよ! そうすれば、お互いに大嫌い同士になるわ。

こんなチャンス、滅多にないわ!なんてツイてるの!紫織!!』


「ねえ・・・マヤさん。ちょっとお願いがあるの。」

「え?何ですか?あたしにできることでしたら・・・。」

相変わらずトロトロしながら答えるマヤに少しイラつきながら、紫織はそっと彼女に近づき、お弁当を

差し出した。

「これね・・・真澄様の為に作ってきたの。 でも・・・ちょっと味に自信がないから、味見をして頂きたい

のよ。ダメかしら?」

「え?味見??あたし・・・あたしなんて、高級な物も食べなれてないし、貧乏舌だから、お役に立てる

自信がないです。」

「あら?いいじゃない?お願いだから・・・ね?」

「でも・・・」

余りにグズグズしているマヤに怒りが爆発した紫織。

『いいからさっさとお食べ!!!わたくしの言うことが聞けないとでも言うの!!!』

心の中でそう叫び、無理やりフタを開けてオニギリをわしづかみにし、マヤの目の前に突き出した。


「ね?おいしそうでしょう?一口でもいいのよ・・・。」

まるで、白雪姫に毒リンゴを食べさせようとしている悪い魔女のようである。


「はい・・・じゃあ、頂きます。」

マヤはおずおずと答え、パクッ・・・とオニギリを頬張った。

『やったわ!!食べた!!』


「あ、おいしいです。マツタケご飯ですか?」

「え、ええ・・・そうなのよ。」

マヤは、食べ物に関しては全く疑う事を知らず、ペロリと1個食べてしまった。

「さあ、よかったら、こっちのスープも飲んでみて!!」

紫織は手際よく、水筒のスープをフタに注ぎ、マヤに手渡した。

ゴクゴクと飲むマヤ。

「これもすごくおいしいです。」

「そう・・・よかったわ・・・どうもありがとう。」

紫織は、弁当箱を元に戻すと、マヤをジロジロと眺めながら様子をうかがうことにした。

『確か・・・食べてから30分以内に効果が出るって聞いたわ・・・。どうなるのかしら?まあ、この子は

どうなっても紫織には関係のない事だわ。真澄様に食べさす前に実験ができてちょうどよかったこと!

フフフフフ・・・・。』

紫織の陰謀に全く気付かないマヤは、膨れたお腹に満足しながら、真澄が戻るのをのんびりと待って

いた。





ガチャリ・・・・

ドアの音がして、真澄とが戻ってきた。

「真澄様!!」

「紫織さん!!・・・どうしたんですか?何か用事でもありましたか?」

驚いている真澄の表情。とても婚約者に会えて嬉しいという顔ではなさそうだ。

「ええ・・・ちょっと渡したいものがあって伺ったのです。ご迷惑だとは思ったのですけど・・・。」

紫織がそう答えると、真澄はチラリとマヤを見て言った。

「いえ、迷惑ということではありません。ただ、今からこの子と打ち合わせがありますので、時間が

取れないのです。もうすぐ水城くんも戻る予定ですから。」

真澄が遠まわしに紫織を追い払おうとしているのは明らかである。

『ふん・・・何が何でもコレを食べてもらってからじゃないと帰らないわよ!』

紫織がそう考えていると、マヤが急に立ち上がって言った。

「速水さん!あたし、帰りますから! 紫織さん、お弁当作ってきたんですって! 打ち合わせなら

また今度でもいいんじゃないですか?」

マヤの冷たい態度に、真澄は表情を固くしているようである。

「おい・・・大事な打ち合わせじゃないか。今日じゃないと間に合わないかもしれないんだぞ!」

「別に、そんなにムキになる事じゃないですか?! あたし、速水さんの顔を見ているだけでもすっごく

不愉快です。あなたの事が大嫌い!!顔も見たくないし、一緒の部屋にいるのも嫌です! さようなら!」

マヤはそう言うと、社長室を飛び出していった。


『すごい・・・すごいわ!!なんという即効性!!うまくいったわ!!』

紫織が心の中でバンザイしているのとは裏腹に、真澄は呆然と立ち尽くしたまま固まっていた。


「真澄様・・・彼女、忙しくてとても疲れているっておっしゃっていたわ。女の子ですもの・・・いろいろと

感情的になってしまう日もありますわ・・・。」

「しかし・・・・」

「わたくし、今日はお弁当を作って来ましたの。 先ほど、マヤさんにも食べていただいて、とても誉められ

ましたわ。是非、食べていただきたいんです。」

「・・・・・。」

「真澄さま??」

「ああ・・・ありがとうございます。では、後で頂きます・・・。」

真澄が全く気がなさそうにそう言ったので、紫織は焦った。


『後でじゃあ困るのよ!今すぐ、紫織の目の前でちゃんと食べてもらわなくちゃ!!』

紫織は強引に水筒のスープを注ぎ、真澄に手渡した。

「あの・・・わがままだとは思っています・・・お願いです・・・今、わたくしの目の前で少しだけ食べて頂いて、

真澄様の言葉が欲しいんです・・・。そうしたら・・・紫織はすぐに帰ります。真澄さま・・・・。」

「紫織さん・・・。」


真澄は、乗り気がしないような表情であったが、紫織からスープを受け取ると、ゆっくりと口をつけ、ゴクリ

と飲み干した。


『ククククッ・・・うまくいったわ!大成功ね!!』

紫織はニヤけてしまいそうな顔をうつむいて隠し、真澄から空になった水筒のフタを受け取った。

「とてもおいしかったですよ。・・・・それでは、申し訳ありませんが、仕事に戻りたいのですが・・・。」

「ええ、真澄さま!!紫織のわがままを聞いてくださってありがとうございます。もう帰ります・・・。じゃあ、

お弁当とスープ、またあとでゆっくり召し上がってくださいね。 絶対に、他の人に食べさせるなんてこと、

しないで下さいませ。そんなことしたら、紫織は悲しくて泣いてしまいますわ。」

「はい・・・分かりました。」

「では、ごきげんよう♪」

紫織は、真澄に背を向けると、走り出したくなるほど興奮した気持ちで社長室を後にした。

『大成功!早く真澄様の変化を見たいわ!! ・・・でもまあ、焦る必要はないわね。これで真澄様の

心は紫織の物ですもの!!』

紫織は嬉しさの余り、笑いを止められなかった。 普通に歩いているつもりでも、スキップのように浮かれ

てしまう。



こうして、ブランドのバッグをブンブンと振り回しながら、紫織は最高の気分で大都芸能を後にした。




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