紫のキノコの女(ヒト)  2



大都芸能を出ると、紫織は10センチほど宙に浮いているかと思うほどに舞い上がっていた。

「るるる〜♪るるるる〜ん♪」

自作の歌を口ずさみながら、そのままショッピングをするためにデパートに吸い込まれて行く。

『んふふふふ♪ ちょっぴり大胆な勝負パンツでも買っちゃおうかしら♪真澄さまったら、いつまでも

誘って下さらないんですもの。でも、もしかしたら今日からは・・・毎日?・・・な〜んちゃって!!もうっ

紫織のエッチ〜!!』

身なりの良い女性がニヤけた顔でデパートの下着売り場に直行する姿は大変怪しいものであるが、

今の紫織にはそんな周りの視線すら気にならない。

「すみませ〜ん♪この売り場で一番セクシーなショーツはどれかしら〜ん?」

・・・近づいてきた店員に、聞かれてもいないのに真澄との出会いまで語りたい気分でいっぱいの

浮かれモードだ。



そして紫織は、迷惑そうな店員を引きずりまわし、あらゆるデザインの勝負パンツを買い揃えた。

「これで日替わりの枚数もバッチリだわ♪・・・そうだわ、香水も買っちゃおうかしら〜〜〜♪」

もう、どうにも止まらない紫織は、夕方までデパートでの買い物を楽しんだ。

「大好きな人と相思相愛ってステキ!!・・・・紫織ってば、本当にシ・ア・ワ・セ♪」

もはや、勢いあまった紫織には、『病弱』などという言葉は当てはまらないと言えよう・・・・。




紫織がさんざん買い物をし、日が暮れてから鷹宮低に戻ってみると使用人が慌ててかけ寄ってきた。

「お嬢様!! 何度も速水様からお電話がありましたよ!」

思わず目を見開く紫織。

「え?真澄さまから??」

「ええ、お嬢様がなかなかお帰りにならないと申しましたら、とても心配されて5分置きに電話が・・・

あ、またですね・・・」

電話が鳴り響いているのに気付き、紫織は急いでリビングに走った。


「お嬢様!速水さまからです!」

「ありがとう。」

紫織は受話器をひったくり、電話にでた。


「真澄さま?紫織です。」

「もしもし・・・・速水ですが! 紫織さん・・・どこに行ってらしたんですか?僕がどれほど心配した

ことか・・・。」

・・・今まで聞いたこともないようなやさしい声で真澄はそう言った。

「え、ええ・・・ちょっとお買い物に・・・。」

まさか、勝負パンツを買い込んでいたなどとは言えない。


「そうですか・・・無事に帰宅されて安心しましたよ。 今から会えませんか?」

「え?い、今からですか?・・・でも、お仕事が忙しくて当分は食事もご一緒できないほど忙しいって

聞いておりましたが・・・。」

このところ、真澄にとことん避けられていたので、食事を共にする機会はほとんどなかったのだ。

「いえ・・・あなたの為なら、仕事は後回しでも問題はありませんよ。とにかく、一秒でも早くあなたに

会いたい・・・・」

「ま、真澄さま・・・嬉しいです。紫織、感激ですわ・・・。」

・・・あまりに真澄の態度が急変しているので、事情を知っていながらも動揺を隠せない紫織。

「では、今から迎えに行きますから。」

「はい・・・お待ちしております♪」

電話を切ると、もう、紫織は高まる胸の鼓動を抑えられず、バラ色のオーラをふりまいて自室に

ダッシュした。

「さっそく勝負パンツが役に立つとは!! 何色がいいかしら? 黒??ううん、ダメよ・・・黒なんて、

いかがわしい女だと思われちゃう。じゃあ、白?ん〜でも、薄いピンクもカワイイかも♪きゃあっ☆」

箱入り娘として大切に育てられた紫織なので、いい歳をしてちょっとした過激な妄想に走る度に真っ赤

になってしまう。


『それにしても・・・・』


・・・結局、白の勝負パンツを身に付け、ブルーのワンピースに着替えた紫織は、ふと虚しさがよぎった。

『真澄さま・・・あのキノコのせいで紫織に夢中になるなんて、やっぱり今までは何の感情も持って

いらっしゃらなかったのね・・・。』

・・・紫織は、残りのパンツを握り締めてワナワナと震えだした。

『フンッ!そんなこと構うもんですか!もう真澄さまの気持ちは紫織のものなのよ!関係ないわっ!!』

そう自分に言い聞かせ、そっと戸棚を開ける・・・。


戸棚の中には、例のキノコの入っていた木箱がポツンと置かれてあった。

・・・この中には、紫のキノコの効能を消す「解毒剤」の役割をする液体のビンが入っているのだ。

 しかし、一人分しかない・・・。

つまり、例え真澄かマヤのどちらかを元に戻すことができても、あの2人が両想いになることはないのだ。 

効能が切れる数年後には元に戻れるかもしれないが・・・その時では、すでに遅いであろう。いざとなれば、

元にもどった時にまたキノコを手に入れて食べさせてやればよいのである。


「完璧なシナリオだわ!紫織ってば最高! お〜っほっほっほっほっ」

紫織は木箱を戸棚に戻し、真澄が来るまでに何度も鏡を覗き込み、自分に向かってニッコリと微笑みかけて

いた・・・。



約束通り、真澄はすぐに鷹宮家に到着した。

「真澄さま・・・」

「紫織さん・・・さあ、早く車に乗って下さい。」

真澄にエスコートされ、紫織はいつも通りの表情を作って車に乗り込んだ。


「紫織さん、とりあえず、『喫茶ロンロン』にでも行きましょう」

「・・・・・はっ??」

紫織は驚いてそれ以上言葉にならなかった。 いつも真澄が連れて行ってくれるような店ではない・・・。

お茶を飲むなら高級ホテルのラウンジと決まっていたのに・・・。

「ま、真澄さま・・・ご冗談を・・・おほほほほ・・・・。」

「いえ、冗談ではありませんよ。僕、前からああいう庶民的な喫茶店で話をしてみたかったんですよ。」

『うっ・・・・』

・・・どうやら、真澄の人格はかなり多面において変化が表れているらしい・・・。


車はすぐに喫茶ロンロンに到着し、カランカラ〜ン♪ という、いかにもありがちな喫茶店のドアの音を背に

2人は中に入った。

「禁煙席をお願いします」

真澄がキッパリとそう言った。

「真澄さま?おタバコはよろしいんですの?」

「ええ、僕はどうもタバコの臭いが苦手になりましてね。」

『!!!ヘビースモーカーの真澄さまが!!!』

驚いている紫織・・・。しかし、驚くべきことはこれだけではなかった。

「すいませ〜ん!!オレンジジュースとアップルパイのセットを下さい!あ、紫織さんは何がよろしかった

ですか?」

「・・・・わ、わたくしは・・・紅茶を頂きます・・・オホホホホ・・・・」

『ま、真澄さま!!別人みたい・・・・』


紫織は気を取り直して真澄に話題をふる。

「そういえば・・・今日は北島マヤさん、急にお帰りになってしまいましたわね・・・。」

ドキドキしながらそう言うと、真澄は全く表情も変えず、ポカンとこちらを見ていた。

「はあ・・・そういえばそうでしたね。すっかり忘れていました。まあ、適当に紅天女の件は人に任せて

ありますから。」

『すごいわ・・・もう、北島マヤのことも紅天女のことも眼中にないみたいね・・・フフフッ』


「真澄さま・・・あの、お弁当は食べて頂けましたかしら?お昼の・・・・。」

「ああ、もちろん全部頂きましたよ。スープも全部。とてもおいしかったです。僕は結婚したら、毎日あんな

おいしい食事が食べれるなんて世界一幸せですよ。」

「あら・・・嬉しいですわ・・・。」

『こ、これも今まで思っていた事と逆って事かしら?ちょっと虚しいかも・・・』


紫織がそんなことを考えていると、アップルパイとオレンジジュース、紅茶が運ばれてきて、真澄はおいしそう

に食べながら話を始めた。

「紫織さん・・・僕、車を処分しようと思うんですよ。」

「・・・・はっ??? あ、いえ・・・あの・・・買い替えですか?真澄さま?」

「いえ、違います。どうも車の運転にも飽きましたので、バスとか電車で移動するとか・・・そういうの、いいと

思いませんか?」

「・・・・・・。」

『う、うそでしょ?真澄さまが電車だのバスだの・・・。』

紫織は顔を引きつらせながら真澄をジロジロと見つめた。


「それと・・・紫織さん。今日いろいろと考えたのですが、結婚したら、婿養子ということではいけませんか?」

「・・・・・は??はっ?今なんて・・・??」

「ええ、ですから、結婚したら鷹宮家でお世話になりたいと思いましてね。 僕は、今まで人を蹴落としてまで

這い上がり、ここまで会社も大きくしましたが、どうもそういう、上に立つ仕事も嫌になってしまって。 要するに、

仕事に関しての興味が全くないんです。僕は、結婚したら鷹宮家でのんびりと毎日テレビでも見ながらあなたと

過ごせたらどれほどいいか・・・と考えたのです。」

「ま、真澄さま!!」

「・・・とても楽しい生活になると思いませんか?」

真澄は頭をポリポリと掻きながらそう言った。


『じ、冗談じゃないわっ!!!!』

紫織は思わず声に出して叫びそうになり、ぐっと我慢する。

真澄が仕事を辞めて鷹宮家でゴロゴロしているなんて、誰も許すはずがない・・・。こんなに変わり果てた真澄を

見たら、すぐにでも婚約解消されてしまうであろう・・・。

紫織の背中に嫌な汗がじっとりと湧き出てきた。

「紫織さん・・・どうしたんですか? あ〜もう一つケーキ頼もうかな・・・どうも甘いものに目がなくて・・・。」

「・・・・・。」

真澄が追加でチーズケーキを注文している姿を見て、紫織は考えた。

『やばい・・・やばいわ!!こうなったら、真澄さまだけでも元に戻さなくちゃ。北島マヤが真澄さまに近づかない

限り、2人がくっつく事はないんですもの・・・。きっとあの子は演劇も辞めて一般庶民に戻るはず。そうなれば

接点もなくなるわ!』


「あの・・・真澄さま・・・今から、もう一度紫織の家に来てくださらない?」

「え?いいですけど・・・チーズケーキを食べてからでもいいですか?」

「え、ええ・・・・もちろんですわ・・・オホホホホホ・・・」

紫織はもう、壊れてしまった真澄を見たくなかった。 こんな事なら、今までどおりの仕事人間の真澄のほうが

どれほど魅力があることだろうか・・・。

モグモグとチーズケーキを食べている真澄が、ポツリとつぶやいた。

「あ、そういえば、見たいテレビがあったんだ・・・やっぱり帰ろうかな。」

『げっ!!テレビの為に家に帰ろうとする真澄さまなんて・・・・。』

「真澄さま!テレビなら、うちに来てゆっくりと見て下さい。・・・そうそう、おいしいケーキも用意させますから

・・・ホホホッ」

ケーキという言葉に激しく反応した真澄は、一気にチーズケーキを頬張って答えた。

「ああ、じゃあやっぱり行きます!!。・・・ところで紫織さん・・・。」

真澄は食べ終わって席を立つと、同時に立ち上がった紫織をじっと見つめた。

「な、何かしら?真澄さま・・・。」

「・・・ここの支払い、割り勘でいいですか?」

「・・・△×☆%○▲×!!!!」

あまりのショックで紫織は立ちくらみがして倒れそうになった・・・。


「こ、ここは紫織がお支払い致しますわ!」

伝票を掴むと、紫織はズンズンとレジに向かう。

「いやあ〜すいませんね〜助かります。ちょっと節約ということに目覚めましてね・・・。」

ヘラヘラと笑いながら紫織の後を追う真澄。

『これじゃあ、まるでヒモじゃない!!なんて人!!なんて人!!信じられない!!』

紫織は激しい怒りを胸に、さっさと喫茶店を後にした。


「紫織さん、ご馳走さまでした・・・。そういえば、もう車のガソリンがないんだ・・・困ったな・・・。」

「・・・・!!!」

クレジットカードくらい山ほど持っているであろうに、真澄はガソリン代すらケチって紫織にたかり始めた。

「わ、わたくしが支払いますわ・・・さあ、早くうちに帰りましょう・・・ホホホホ・・・・。」

「え?すみませんね・・・何もかも・・・紫織さん、僕は本当にあなたを愛していますよ。」

「そ、それはどうも・・・・。」


『まずいわ・・・一刻も早く元に戻さなくちゃ!!こんなケチな真澄さまはイヤ〜〜〜!!!』

紫織は自分が蒔いた種とはいえ、かなりショックが大きかった・・・。

そして、もたもた歩く真澄を引っ張り、車に押し込んで運転させ、鷹宮家へと向かった。




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