この想いを届けたくて 1



2月上旬のある日、都内のデパートにて・・・。

マヤは、もう1時間も店内をグルグルとしながら決断できずに悩んでいる事があった。


・・・もうすぐバレンタインデー。 今日は、スタッフなどに配るための義理チョコを買いに来ただけのはずなのに、

気付いたら、高級チョコの並んでいるショーウインドーを覗き込み、じっくりと品定めをしながら行ったり来たり。

そしてついには、手作りチョコのコーナーにまで足を運ぶと、ためらいがちに大きく溜息をついた。

『どうしよう・・・どうしようかな・・・やっぱりやめようかな・・・・』

地下のバレンタインの特設売り場はすごい人ごみだ。マヤは芸能人だとも気付かれずに買い物をすることが

できたのは幸いだったが、モヤモヤとした心で何度も何度も売り場の前を通り過ぎ、そしてまた戻ってきては

立ち止まるという行動を繰り返していた。

さっきから何度同じ事を考えているのか。もう、時間がどれくらい経過しているのかも分からない。

『無理よ!無理!・・・手作りチョコも無理だし、高級チョコを渡すのも無理。ダメなんだってば!!』


・・・真澄はもうすぐ、婚約者である紫織との結婚を控えている。 その事実が脳裏に浮かぶと共に、マヤの

心はキリキリと痛み、一瞬にして辛い現実に引き戻されてしまう。

『みんなと同じ義理チョコでも渡そうかな。 ・・・でも、義理じゃないのに義理なんて思われたくないし。

だけど・・・手作りチョコなんて渡したら、速水さんはどう思うかしら? やっぱり不自然だわ・・・』

自問自答するのも何度目であろうか。


ザワザワとした雑踏も気にならないほどに心が熱く、真澄を強く想うその気持ちは涙に変わりそうになっていた。

『あたしがこんなに悩んでることは、速水さんにはきっとどうでもいいことなのよね・・・やっぱりやめよう・・・』

そう決断したマヤが、自分の愚かさを背中に感じながらデパートを後にする事を決意したときのこと・・・。


「ねえ!ホントにあの人に渡すの? 彼女いるじゃん! 絶対ムリだよ!やめなよ〜。」

・・・マヤの背後で、女子高生の2人組が近づき、一人の子がそんなセリフを言った。

「いいの。だって、最後のバレンタインだもん。あの人、遠くの大学に行っちゃうじゃん?。彼女がいるのも前から

だしさ。私、ちゃんとケリがつかないと、前に進めないと思うから・・・。それだけなんだ〜。」

女子高生達が通り過ぎる姿を、マヤはゆっくりと目で追いかけていた。

『最後の・・・バレンタイン・・・なんだ・・・』

・・・真澄が独身でいるのは、あと数ヶ月しかない。 もしも想いを伝えることができるなら、

これが最後のチャンスなのかもしれないんだ・・・・。

 女子高生達は、マヤのすぐ近くで雑談を始めた。 叶わぬ想いを抱いているのは彼女も同じはずなのに、

先ほどのセリフを言い切ったその子は、マヤの目には羨ましいほどに輝いていて、迷いのかけらさえも感じない。

・・・彼女の決して惨めではない表情・・・なのに、あたしはどうしてこんなに惨めなんだろう・・・。

『あたし・・・やっぱり逃げてる? どうしたらあの子みたいにまっすぐになれる? どうせダメだって分かっていて

も、気持ちを伝えたら何かが変わる? 速水さんを忘れられる・・・?』

・・・誰も答えてはくれない。 自分で決めなければ・・・気持ちを伝えなくちゃ・・・。

『強くなりたい・・・自分にウソをついたまま逃げていたら、あたしはずっと変われない・・・』

マヤは、少し戸惑いながらも手作りコーナーの商品にそっと手を伸ばした。

『あたしの想い、ちゃんと届いてくれるのかな・・・・』






「真澄さま・・・。もうすぐバレンタインですわ。私、14日は真澄さまと過ごすって家の者には言ってあるのです。

もちろん、一緒に過ごして頂けますわよね?特別な日ですもの・・・・。」

紫織は、2月になってからというもの、会う度に同じようなことを真澄に言っていた。

当初の予定では『婚約者の義務』として従うつもりであった真澄も、あまりのしつこさにうんざりしていた。

「申し訳ありません・・・。実は、とても大事な取引が控えていて、しばらくは会社で寝泊りしたほうがよいと思う

くらいに時間がないのです。・・・他の日で埋め合わせということでは納得して頂けませんか?」

・・・全くのウソであったが、ついついそんなセリフが口をついていた。

「真澄さま・・・!!」

「本当に申し訳ありません・・・。」

「・・・分かりましたわ。お仕事でしたら仕方がありませんものね。 ・・・今日はとても楽しかったですわ。

ごきげんよう・・・。」

「それでは、おやすみなさい。」


真澄は、まるで取引先との接待のような食事を終え、彼女を車で送り届けると、信号待ちで一気に

気持ちを吐き出すかのように溜息をついた。

『俺は何をやっているんだ。こんな風に彼女を受け入れないままで結婚などできるのだろうか?』

紫織に会うたびに、その拒否反応は強まっているのは明らかであった。

バレンタインなどという、別にどうでもよいイベントくらい、適当に紫織のペースに合わせて過ごせば

よい事なのに、それすらも受け入れられない自分。 そんな彼女との結婚は刻々と迫りつつあるのだ。


真澄はハンドルを握りながら、こみ上げてくる虚しさと絶望感を必死で押さえつける。

『大都芸能のためだ・・・もうどうにもならんことだ・・・』

そう思いながら、ふと車のミラーに映っている自分の顔を目にすると、その表情に嫌悪感を覚えた。

『とても結婚前の男の顔じゃないな・・・・フッ・・・』

自分で自分がおかしく思え、どこかに逃げ出してしまいたくなるほどに現実を忘れたかった。


『あの子は今頃何をしているのか・・・』

闇の中に差し込む唯一の光のように、真澄はマヤを思い浮かべていた。

そして・・・その気持ちは自分でも気付かないうちに車をマヤのアパートへと走らせた。

会えなくてもいい・・・ただ、マヤの存在を確かめることができれば、この辛い現実を少しでも忘れることができる

のかもしれないと・・・。






『あ・・・あれっ?速水さん・・・の車に似てるかも?』

マヤは、デパートで大量に購入した義理チョコやらプレゼントの紙袋を3つほど抱え、黙々とアパート

に向かって歩く途中だった。  そっと近づくマヤ。・・・間違いない・・・速水さんの車・・・・。

ちょっとだけ中を覗いてみたが、誰も乗っていない様子だ。

『公園の中?まさか・・・・ね?』

そう思いながらも高まる胸の鼓動。

路駐した車に隣接している、小さな公園。 マヤはドキドキしながら足を踏み入れる・・・。

「は、速水さん!!」

やっぱりいた。街灯にうっすらと照らされた真澄は、何かを思い詰めたように無表情で哀しげな雰囲気であったが

マヤの声でハッとして、驚いたような表情に変化させた。


「は・・・速水さん!!何してるんですか?こんなところで!!」

「やあ・・・チビちゃん。 たまたま通りかかったら、ふと君のアパートの近くだと思ってな・・・。」

それ以上の言葉がうまく見つからなかった・・・。

まさかマヤとバッタリ会えるなどという事は絶対にないと思っていた。

『君に会いたくて待っていたんだ』

そう言えたならどんなに楽になるかしれないのに・・・。


そして、ついつい、気まずさを隠すかのようにお決まりのセリフを吐いてしまう。

「君こそなんだ?こんな時間に・・・しかもその荷物。 まさか、電車と徒歩で帰ってきたのか?」

「ええ・・・電車です・・・。タクシーなんて、なんとなくもったいないし。これくらいの荷物は平気ですから。」

「そういう問題じゃないだろう?こんな夜道を一人でふらふらと歩くなといつも言っているだろう?」

真澄は、おもむろにスッと手を伸ばし、マヤの荷物を持ってやろうとマヤに近づいた。


「あっ!!こ、これは、ダメです。大事な物ですからっ!!」

マヤが急いで両手を後ろにすっこめたが、派手なハートの柄の紙袋は、いかにもバレンタインの買い物をしたと

いう事を証明するかのようにマヤの小さな体の後ろで揺れていた。

「そう・・・か、それは悪かったな。」

「べ、別に謝ってもらうようなことじゃないですけど・・・。」

『やだやだ・・・あたし何やってんの〜〜!こんなにわざとらしくしたら、バレちゃう・・・』

そんなマヤの気も知らない真澄。

「バレンタインの買い物か?この時期は殺気立つほどに女性のパワーを感じるな。 チビちゃんが買ったのは

山ほどの義理チョコか?俺の分もあるんだろう?」


「・・・・!!!!」

・・・マヤは一瞬にして顔を赤らめ、言葉を失って視線を外した。


『ん?冗談も通じないのか?この頃のこの子は、やはり少し様子が変だな・・・』

「あ・・・ありません・・・速水さんの分の義理チョコなんて・・・。あたしからの義理チョコが欲しいんですか?」

消えてしまいそうな小さなマヤの声。

「クックックッ・・・冗談だ。しかし、俺に義理チョコのひとつでも用意したら、それは豪華な3倍返しがもらえるかも

しれないとは思わないのか?」

『当然か・・・俺には義理チョコすらもったいないとはな・・・相当嫌われたものだな』


「そうですよね・・・なら、いらないですよね。」

『速水さん・・・やっぱりあたしの事なんて、ただの商品くらいにしか思ってないんだ・・・』

2人のすれ違いぶりは相変わらず・・・。

気まずいムードの中、ぼんやりとした月が雲の隙間からゆっくりと顔を出し、暗闇を少しだけ明るく照らした。


「チビちゃん、送っていこう。」

真澄が強引に先立って歩き始めたので、マヤはハッとして急いで後を追った。

「ま、待ってください!そんなに早く歩かないで下さい!」

「ああ、悪いな。君がチビちゃんだって事を忘れていたよ。クックック・・・」

真澄は、さきほどマヤが拒否したにも関わらず、ひょいっとマヤの持っていた紙袋を手に取った。

「あっ!!」

「中身は義理チョコだろう?俺が運んでやるのはどうしてそんなに都合が悪いんだ?さあ、行くぞ。」

強引にそう言った真澄は空いているほうの腕をマヤに差し出した。

『えっえっ?これって、腕を組んでいいって事かな・・・」

震える手を伸ばしかけたマヤは、本能的に真澄の腕に強く掴まろうとしていたが、ふっと目の前に紫織の姿を

思い浮かべ、手を引っ込めてしまった。

「どうしたんだ?」

振り返る真澄のやさしい瞳が胸をギュッと締め付ける。

マヤは、ドキドキしながら、真澄のトレンチコートの袖口だけを軽くつまんで歩き出した。

「まるで・・・迷子にならないように掴まっている子供みたいだな・・・」

真澄がまたからかって笑っていたが、マヤの心の中は言い返す言葉も見つからないほどに冷たくなっていた。


『速水さん・・・速水さんが結婚してしまったら、あたしは本当に迷子になってしまう・・・』

靴音だけが響く、公園からアパートまでのほんの短い道のり。長く写る2人の影だけ見ていれば、まるで恋人同士

みたいに見えるのに・・・。

『こんな風に、ほんの少しでもいいから近づいていたい・・・そばにいたいの・・・』

泣きそうなマヤの気持ちは、真澄には届かなかった。


『速水さん・・・遠くに行かないで・・・。 恋人になれなくてもいい・・・でも、結婚なんてしないで・・・』






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