この想いを届けたくて  2



あれから一週間が過ぎた。

明日はいよいよバレンタインデー当日・・・。

マヤは、ぼんやりと座布団の上に腰を下ろし、真澄と2人で歩いたあの夜の風景を何度も思い浮かべていた。

『もう一週間か・・・一週間前の、ちょうど今頃の時間だったかな・・・』


こんなことを考えているのは、今日だけではない。 あの日から毎日のように思い出しては夜を過ごし、

目を閉じて真澄の姿を目の前に映し出しては溜息をついてきた。


どうしてこれほどまでに彼を愛しく思えるのか、自分でも分からない。 いっそ憎んだままであれば、どれほど

楽な立場でいられただろう・・・。  もうすぐ結婚してしまう人。決して好きになってはいけない人。そんな事は

何度も何度も自分に分からせようとしてきたはずなのに。

 
マヤは、そっと右手を上げ、手のひらを目の前にかざしてみた。

『この手で速水さんのトレンチコートの袖をつまんで歩いて帰ってきたんだよね・・・』

ほんの少し、思い返しただけでも胸が熱くなってしまう。

『速水さんとのたくさんの思い出・・・。無理やり腕を掴まれたり、抱きついちゃった事もあった・・・。

社務所での夜は・・・想いが溢れて止まらなかったのに・・・伝えたい事は何も言えなかった・・・。』 


ふと、『チビちゃん・・・』と、自分をからかってばかりの真澄の顔が頭をよぎった。

「・・・あたし、もう子供じゃないのに!!」

思わず口に出してしまい、慌てて口に手をやる。

そして、頭の中で大人びた自分の姿を作ってみたものの、真澄が人生を共にする女性は自分ではないのだ、と

痛感しては、また暗闇に突き落とされたような苦しい思いが渦を巻く。


「どうしよ・・・チョコ・・・作っても無駄になるかな・・・」

時間は刻々と過ぎていく・・・。

『明日の今頃は、今日以上に落ち込んでいるのかな?あたし・・・。』






・・・そして1時間ほど過ぎた頃・・・


「わああ〜!焦げてる!!なんで?なんでぇ〜〜??」

・・・せっかく気合を入れてチョコレート作りに差し掛かっていたのに、シリアスなムードも吹っ飛ぶような

マヤの絶叫がアパートに響き渡った。

「なんで溶けないの〜?おかしいなあ??」

・・・マヤが作る予定のチョコは、溶かしてカップに流し込むだけの簡単なもの・・・。

それくらい、小学生でもできるのかもしれないが・・・人並み外れて不器用なマヤにはとても困難な作業であった。


「ただいま〜・・・あれ?何か焦げてない?マヤ?何作ってんだい?」

麗は帰宅するなり、大声でマヤに問いかけてきた。

「麗〜〜!!あのね、チョコが溶けないの・・・溶かしてカップに入れるだけなのに!!」

マヤは麗に助けを求めるために、すごい速さで散らかっている部屋に彼女を引っ張りこんだ。


そして、マヤが指差している先を見た彼女は、一瞬動きを止めたものの慌てて鍋を掴んで持ち上げた。

「ちょっと!アンタ、何やってんの?これでチョコを溶かそうと思ったのかい!?」


・・・マヤは、適当な鍋にチョコの塊をゴロリと入れ、ストーブの上に放置してあったのだ・・・。

「だ、だって・・・チョコの溶かし方が分からなかったんだもん。 チョコって手で持っていてもすぐに溶けるし、

ストーブの上なら早いかな〜って・・・でも、焦げるなんてびっくりしちゃった・・・。」


マヤが泣きそうな顔でそう言うと、麗は呆れたように息をつき、台所の流しでサッと手を洗うと、

マヤに向き直って言った。

「どれ?他にも溶かすチョコあるんだろう?それはもう焦げているからダメだけど、溶かし方教えてやるから

自分でやってみな。」

「うん・・・」

・・・やさしい麗の言葉に押されるように、山ほどのチョコのブロックが入った袋をおずおずと差し出した。


「アンタ・・・どれだけ作るつもりなんだい?」

あまりの量に驚き、呆れて腰に手を当てた麗。

「あのね・・・作るのは一人分なんだけど、どうせあたし失敗するから、多めに買ったの。」


「・・・それはマヤにしては上出来な考えだ・・・・・・ほら、こうやってまず、細かくするんだよ、見てな。」

麗は、クスクスとからかいながらも、マヤに分かりやすいように説明をしてくれた。


『麗・・・いつも迷惑かけてばっかりだね・・・あたし・・・』

「ほら!ボーっとしてないで、やってみな!」

「うん・・・」


・・・麗に教わった通りにチョコを包丁でゆっくりと刻んでみるものの、手際の悪いマヤがやると、刻むたびに

チョコがベタベタに溶け始めた。

「わーん・・・まな板の上で溶けちゃう・・・」

「ほら!もたもたしてるからだろう?早くこっちのボウルに移して・・・・。」

呆れたような表情の麗であったが、さり気なくマヤのフォローに回った。


・・・やっと刻んだチョコを湯せんにかけると、チョコがまろやかに溶け始める。

「後は、カップに入れてトッピングするだけだよ。」

「わーい・・・ありがとう、麗!」

マヤは、カレー用のスプーンでチョコをすくい、ゆっくりとカップに流し始めたのだが・・・。

「わあ〜!こぼれた!溢れた!いや〜ん・・・!!」

「マヤ・・・・・・」

・・・結局、分量もバラバラでカップはドロドロに汚れ、余りにも無残な状態のカップチョコレートが完成した。


「ねえ、・・・一体、誰にあげるのさ? 桜小路くんかい? 彼なら喜んでくれるんじゃない?アンタが不器用

だってのは知ってるしさ。義理にしては上出来だよ。」

心配そうにマヤの顔とチョコレートを見比べている麗。

「ち、違うの・・・桜小路君じゃないの。」

「じゃあ誰?桜小路くんじゃないなら、紫のバラの人かい?それなら、もうちっとまともなヤツを作らないとなあ。」

「・・・・・。」


「ほら、やっぱり当たりか。本当に相変わらずだね、マヤは・・・。」

「違うの・・・紫のバラの人にでもないの・・・。」

『紫のバラの人にだけど、今回はそういう気持ちじゃないのよね・・・』


「ふーん・・・あたしにも教えてくれないなんて、ずいぶんケチじゃないか。 まあいいけど・・・どうせ片想い

なんだろう?妙な相手じゃないだろうね?  ・・・とにかく、告白してうまく言ったらちゃんと教えなよ!」

「うん・・・・。」

マヤはそう答えたものの・・・『告白してうまく言ったら』という麗の言葉にひどく反応し、

どうしようもない虚しさの波に襲われると、静かに下を向いて頷くしかなかった。


「・・・マヤ、作り直すならさっさとやりなよ。明日は朝からバイトあるし、先に寝るよ!おやすみ!」

「うん・・・ありがとう麗・・・おやすみ。」




『どうしよ・・・こんなボロボロのチョコ、速水さんに渡せない・・・。』

マヤは、麗が寝てしまってから5回も作り直したが、満足できるようにチョコを仕上げることはできなかった。

・・・もう、とっくに日付は14日になっていて、麗のスヤスヤという寝息が聞こえてくる。


『・・・何やってんだろ。あたしって、ホントに演劇しかできないバカな女の子だ・・・。昔から、かあさんにも

言われてたじゃない! あたし、子供の頃から全然進歩してないね・・・。もしも、かあさんが生きていたら、

あたしが速水さんに告白するなんて許さないだろうね・・・。『バカだね!あんたなんて相手にされないよ』って

言うんだろうね。』

・・・マヤは、流し台にもたれていた体の力を抜くと、キッチンの床にゆっくりと腰を下ろした。

泣かないつもりでいるのに、目の淵には、じわじわと熱いものがこみ上げてくる。


〔かあさんが生きていたら〕というフレーズと共に浮かべてしまうのは、真澄との辛い事件・・・。

もう、とっくに自分の中では解決しているコト。 幼かった自分が、責任をすべて真澄に押し付け、楽になろうと

していた事実。 それに気付くまでに、ずいぶんと時間がかかってしまった。

・・・本当の真澄のやさしさを知る日まで、憎むことしかできなかった。


『速水さんは、まだまだあの事を気にしている・・・・?』

マヤは、ギュッと唇を噛み締めた。

そして、あれほど憎んでいたはずの彼を、いつから好きになっていたのだろうか、と自分の曖昧な記憶を探り、

思い出される真澄の表情やセリフのひとつひとつを大切に取り出しては、目の前に並べていく。


『俺の願いはきっと一生叶わない・・・』

ふたりで寝転んで星を見た時の、真澄の言葉だ。

『速水さんの願いって、本当に何なんだろう・・・』

首を傾げながら目を閉じると、紅天女の里で見た星空がそこにあるかのように思い出される。

『今日は少し曇っていたから、きっと星はでていないだろうなぁ・・・』

ただでさえ、こんな都会では星は数えるほどしか見えないのだ。

『・・・・・』

・・・マヤはゆっくりと腰をあげ、麗を起こさないように気をつけながら、外に出てみることにした。

星を見ることができれば、勇気がわいてくるかもしれない。


『ひとつでも星が出ていたら・・・きっとあたしの気持ちが届く・・・。』

自分の中で、そんな適当な賭け事を思いついた。


『流れ星なんて贅沢は言わないから・・・小さな星でも・・・ひとつでも見つけたら・・・』

マヤは、アパートの中の階段をギシギシという音を立てながら降り、そっと外に続くドアのノブに手をかける。


・・・そして、少しだけ、後悔・・・つまらない賭けをするのではなかったと。 こんな曇り空の日には、どう考えても

不利すぎる賭けではないか・・・? 


『お願い・・・あたしに勇気を下さい・・・』

マヤは深呼吸しながら、そっと闇に続く扉を開いた。



月も出ていない、真っ暗な2月の夜空。今にも泣き出しそうな厚い雲がかかっている、灰色の景色。

・・・小さく息を呑んだ。

「やっぱり、ダメ・・・なのかな」

首をぐるりと回しながら空全体を見回してみたものの、星は全く見つからない。

寒くて凍えそうな手のひらを合わせ、白い息を吹きかけては、震えながら必死で夜空を仰ぐ。


「マフラーと手袋くらい、してくればよかったな・・・」

自分の馬鹿げた行動に、ほとほと呆れて消えてしまいたくなる。


それでも、もしかしたら、あの大きな家の屋根の向こう側の空には、あるのかも・・・などと考えながら、

何度も何度も背伸びをしたり、左右に体を動かしたり・・・。

すぐには諦めたくなかった。 星は隠れているだけで、ちゃんと存在するのだから。少しでも雲が動けば、

そっと顔を出すかもしれないのだから・・・。


「見つかる訳ないか・・・こんなに雲があれば、見えないもんね。諦めが悪いんだよね・・・あたし・・・」


そう・・・ガッカリと肩を落としかけた時だった・・・。


「あ・・・・あった・・・!あれ・・・星?だよね?」

思わず声をあげてしまった。

小さな小さな星がひとつ。 じっくりと見なければ、誰も存在に気付かないような弱い光を発しながら、

灰色の雲の隙間に輝いている姿が見える。


「うそみたい・・・」

・・・今までずっと我慢していた大粒の涙が次々とマヤの頬を伝っていく。 

いつか見たプラネタリウムの星よりも、紅天女の里で見た満点の星空よりも、今のマヤに勇気をくれた、小さな星。


「もしかして、かあさんなのかな・・・」

鼻を真っ赤にしながら、マヤは溢れるだけの涙を思いっきり流した。

部屋に帰ってまた泣いてしまったら、麗に心配をかけてしまうから。もう、泣くのはこれで終わりにしたいから。

「かあさん・・・あたし、頑張るよ・・・。明日また、泣いてるかもしれないけど・・・それでも見守っていてね。」







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