誰もが厳しい表情で急ぎ足で歩いているものの、どこか浮かれたように感じるのは気のせいではないのかもしれない。
アピールするかのようにズンズンとロビーを歩いていく。
そう自分に言い聞かせながら・・・どうしてこう、ギリギリになっても自分が素直になれないのか分からない。 だんだん減っていくチョコと共に緊張感を抱き始めるマヤ。義理チョコなら、こんなに気軽に手渡せるのに・・・。
企画でお世話になった部長さんが、そんな冗談を言ってきた。 「え?あ・・・あの・・・」 マヤが返答に困っていると、ニヤニヤしながら周りに突っ込まれる。 「マヤちゃん!本当に純情なのよね〜。冗談に決まっているじゃないの!」 笑いの渦の中を逃げるように飛び出したマヤ。
・・・本命チョコのラッピングの紙がチラリと見え隠れしている。
時間が経つにつれ、どんどんと逃げ腰になっていくのが、自分でも分かる。
こうやって義理チョコのついでに、さり気なく渡せたら楽だと思って来たのに・・・。
繰り返してしまっていた。
マヤはエレベーター近くの観葉植物などに目をやるフリなどして、胸の鼓動を抑えることに集中する。
「置いてきたよ〜!婚約者がいても、やっぱり人気あるんだね〜速水社長。部屋に山積み状態だったよ。 でも、チョコの 受付は水城秘書が全部やってたよ。 社長はバレンタインには興味もないんだろうね〜。」
忙しい真澄のこと・・・たかがバレンタインごときに心を奪われたりしないのであろう。 マヤは、忙しい仕事の最中にくだらない手作りチョコなんて持っていって「好きでした」なんて告白してしまおうとした自分を 恥じ、現実に引き戻されたように冷静になっていった。 ・・・あれほどまでの勢いが、泡のように消えていくのが分かる。
一瞬でビクリとし、声のした方向に顔を向けると・・・・真澄の婚約者、鷹宮紫織が立ち尽くしてこちらを見ている所であった。
紫織は、品の良いベージュのツーピース姿。 大人の色気を感じさせる雰囲気は、女のマヤでさえもドキリとするほど美しい。
「こんにちは、マヤさん。今日は、チョコレートを配りに来ていらっしゃったのかしら?」 「え・・・ええ! お付き合いの関係で、ぎ、義理チョコをたくさん・・・あの・・・」 マヤは目を泳がせながら、必死で「義理」という言葉を強調している自分に気付き、虚しさを感じる。
真澄さまはあまり甘いものはお好きではないでしょう? わたくし、真澄さまの好みに合わせて甘さを抑えたスポンジを焼いて、 ガナッシュクリームもブランデーを多く使って・・・彼好みの味に仕上げてみましたの。」 「・・・・・・。」
一生懸命になってしまうなんて・・・」 「・・・いいえ・・・そんなこと・・・ないと思います・・・」 それは、マヤの本心であった。 自分も同じような事をしているのだから・・・。
してくださったわ。 どれだけ苦労しても、たったそれだけの愛しい人の言葉が嬉しいものですわ。」 紫織は、真澄の言葉をかなり大げさに変え、マヤに思い知らせるかのように言葉を投げかけていた。 ・・・ほんの少し、沈黙が流れた。
マヤは、やっとの思いでそう言葉にする。 ・・・本当は・・・泣き崩れてしまいたいくらいに悲しかった・・・けど・・・こんな所で泣いたら変に思われてしまう・・・。 顔を引きつらせながら、必死の笑顔を作り、紫織を見上げた。
視線を外した。
「・・・・。」 「結婚式、是非いらしてくださいね。わたくし、マヤさんの演技、とても好きですわ。 今後も、真澄さまと夫婦で仲良く 観劇に行ってもよろしいかしら?」
「そう・・・嬉しいわ。あなたも、誰かステキな方と、お幸せにね・・・」 紫織はそう言い残すと、香水の香りを漂わせながら、マヤの前から立ち去って行った。
自分は一体、何をしに来ていたのだろう? あの2人の幸せを再確認するためだったのだろうか・・・?
どんな顔をして渡せばいいのだろう・・・。
視線を投げかけられても気付くことさえなく・・・涙で滲んでいく景色を見つめることしかできなかった。
自分の馬鹿げた行動に呆れ、今ならまだ引き返せる・・・と、我に返り、急いで大都芸能を後にしようとした時であった。
聞き覚えのある声が背後で響き、マヤはギクリとする。 ・・・・でも・・・どうしてなのか、振り返ることができない。
急ぎ足で立ち去ろうとしたにも関わらず、真澄はあっと言う間にマヤの前に立ちふさがり、顔を覗き込んできた・・・。
クククッと笑いながらそう言った真澄を見上げてみるものの、言い返す言葉が何一つ見つからない。
軽く首を傾げ、不思議そうな表情でまじまじとマヤを見つめている真澄。
真澄はそう勝手に解釈し、言葉を続けていく。 「・・・気にするな。俺は、義理チョコなどには興味はない。」
『義理チョコに興味はない・・・紫織さんからの本命があれば、他に用はない・・・って事・・・?』 心の中の不安は、加速しながらマヤを包み込んでいく。
ないんですよね!!」
『ほら、やっぱり図星じゃない!』
「ええ・・・今さっき。 どんなすごいケーキなのか、あたしも見たかったです。 ちゃんと婚約者の好みに合わせてケーキが焼ける なんて、すごいですね・・・。」 泣きたい気持ちを抑えながら、バカみたいに自分の首を絞めていくのが分かる。
いつかも聞いたことのあるセリフだった。 真澄が『もったいない』と思うほどの素晴らしい女性。誰が見ても美しく、家柄も良く、 申し分のないステキな人。 そして、それが真澄の婚約者・・・。
マヤは、抱えていた紙袋を更に強く引き寄せ、サッと真澄の脇を抜けると、振り返ることもなく走りだして行った。
真澄が呼び止めていたものの、その場を離れる事しか頭に浮かばず、マヤは逃げるように大都芸能を飛び出した。
マヤは、やり場のない辛い気持ちを引きずったまま走り続け、どこかへと向かう。 『速水さんには紫織さんがいるのに・・・あたし・・・あたし・・・!!』
・・・冷たい涙が、頬をどんどん滑り落ちては地面に消えてゆく。 ・・・その涙と共に、チラチラと舞い落ちる白い欠片。・・・いつの間にか、雪が降りはじめていた事に気付くまでも、ずいぶんと 時間がかかってしまった。
勢いを緩め、よろけるように歩き出したマヤは、ぼんやりとそう思っていた。 チョコのことで頭がいっぱいだったマヤは、こんな天気なのに薄着で家を出てきてしまっている・・・。 『あたし・・・ホントにバカ・・・』 もう、寒さも通り越していて、どうなってもいいと思い始めていた。
もっと降ればあの日に戻れるのだろうか・・・。 マヤはふいに立ち止まり、空を大きく仰いで目を閉じた。
マヤの強い想いに答えるかのように、雪は加速してアスファルトを白く埋め尽くしていく。
「速水・・・さん・・・」 マヤの小さな体が、ぐらりと大きく揺れた・・・。
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