嫉妬という名のもとに 2




(そうだ・・・・・・)


数分後、真澄は表情を一変させると、気を取り直したように上着の内ポケットをゴソゴソとさせていた。

「ふっふっふっふ・・・」

静けさの漂う社長室に、不気味な笑い声が響く。


・・・そうして彼が取り出したのは・・・・


・・・・そう、携帯電話だ!!!

(じゃじゃ〜ん!!)

とりあえず心の中で効果音などをつけてみた。




彼は、周りに誰もいないことを念入りに確認し、深呼吸をしてからパカッとフタを開ける。


・・・・・・もちろん、待ち受け画面には、愛しいマヤの姿♪

(いつ見ても可愛いな・・・)

そっと胸に押し当て、じんわりと幸せ気分に浸る真澄。



彼は、付き合い出してからマヤにも携帯電話を買い与えていた。

最初は操作に慣れていない彼女は苦労していたようだが、最近では一日に数回、メールでやり取りが出来るよう

になっていた。


今朝も、”会見でヘマをするなよ” などとからかうような内容でメールをすると、”大丈夫ですっ”をいう返事が来て

いたのを思い出す。



(マヤは何をしているかな・・・♪)

真澄は頬杖をついてニンマリとする。

メールのやりとりをできるなんて、まさに恋人同士の特権ではないか。


(里美め!お前はとんだピエロなんだよっ!マヤの恋人はもう、俺って決まっているんだから♪)

・・・そんなに自信があるなら、何も恐れることなどないであろうが・・・。


まるで、荒んだ心に少しだけ日が差してきたように感じていく真澄。

浮き沈みの激しいのが彼の欠点でもあり、長所なのだ。





(さっきのテレビの映像はVTRだ・・・実際にはもう会見は終わっているし、今は稽古中かな?)

ぼんやりとそんなことを想像し、真澄はフフッと口元を緩めながら携帯を握り締めた。

連載は長引いていても、便利な世の中になってよかったなあ、としみじみ思いながら・・・。






(何を打とうかな・・・)

あれこれと言葉を思い浮かべるのは、楽しくてたまらなかったが、真澄はとりあえず、感情に任せて指を動かして

みることにした。


しかし・・・

出来上がった文章を見て、真澄は愕然としてしまう。




久しぶりに里美に会ってどう思ったんだ?・・・まさか俺のことを忘れていないよな?



「!!!!!!」

(なんということだ!!これはマズイ。こんな文章を打つなんて俺は・・・何を考えているんだ!)

真澄は慌ててクリアし、再び文字を打ちはじめていた。




テレビ見たぞ。君も嬉しそうにして顔を赤くしていたな。もう俺のことなんてどうでも

そこまで打ってから、ハッとした。

(・・・これも同じような内容じゃないか!)


真澄は息を呑んだ。

・・・自分で自分が信じられない・・・。

誰にも打ち明けられない苦悩を抱えている余り、無意識にこんな行動に出てしまうなんて・・・。

ある意味、夢遊病よりもたちが悪いじゃないか!


(ヤバイ・・・かなり病んでいるな、俺は・・・)

マヤに片想いしている状態からすでに彼の心の病は重症であるが・・・。


(うーーむ・・・)





そして数分後・・・

真澄はさんざん悩んだ挙句、

忙しそうだな。あまり無理をするなよ

という無難な文章を作成し、ようやく送信作業を終え、息をつく。

我ながら、さり気ない文章でGOODだな、と思った。


・・・本当はもっと、あれもこれもぶつけてしまいたい気持ちがあったけれど、もう忘れることに決めたのだ。

今はただ、マヤがどんな言葉を返してくるのか、想像しただけで楽しくてたまらない。


”分かってまーーす。でも、速水さんの為なら、ちょっぴり無理もしてみたいナ・・・”

なんてのもいいなあ、と思う。

いやいや、

”次に速水さんに会える日を楽しみにして頑張っているの・・・大好き”

というのも捨てがたいような・・・。


(マヤ・・・・・・♪)


真澄は熱い想いと共に携帯電話を大事そうに抱えていた。




この時は、心の中の嵐は通り過ぎたかのように思われていた・・・。









(おかしい・・・・・)

・・・マヤからの返事が全く返ってこない為、イライラと貧乏揺すりを繰り返しながら、真澄は再び別の会議に出席

していた。


(いつもなら遅くても1時間以内には返事がくるはず・・・)

真澄は不安に思い、胸元の携帯のメール受信を知らせる振動ばかりを期待してソワソワと過ごすことになって

しまった。


(どうしたと言うんだ・・・)

焦る気持ちばかりが大きくなっていき、ささいな事ですら気に障る。

イライラが止まらない・・・。

タバコの本数もうなぎ登りになっていくのが分かる・・・。



・・・ドラマの打ち合わせや稽古に追われていても、休憩時間くらいはあるはずである。

先日は確か、『速水さんからメールが来ると嬉しくて指が震えちゃうの』なんて可愛いことを言ってくれた彼女。

真澄は、そんな嬉しい言葉を思い出しながら口元を緩めてしまいそうになったのだが・・・ふと、忘れようとしていた

里美茂の顔が、目の前をよぎる。


(ひょ、ひょっとして・・・アイツと一緒に過ごしているのでは!?!?!?!?!?)


・・・嫌なことを思いついたせいで、真澄の心は煙突の中よりも真っ黒いススが発生していく。これはタバコの煙の

せいだけではない!



もともと真澄の想像力は人並み以上であるが・・・・今はマヤが里美と楽しそうにネコドナルドのハンバーガーを

パクついている姿などが鮮明に映し出されていく。


マヤが揚げたてのポテトをフーフー言いながら口に入れ、眩しそうに見つめる里美が向かいに座っていて・・・。

そして、里美はマヤが食べ残したナゲットを 『マヤちゃんのならいいや』 などと言って食べてしまうのだ!


(ゆ、許さん!!!)

まるで人間映写機のような真澄は、自分で勝手にリアルな想像をしておきながら、あまりの衝撃に耐えられなく

なりそうだった。

これが想像ではなく本当だとしたら、悔しくて仕方がない。

真澄は、泣きながら会議室を飛び出してしまい気持ちになった。


(いやいや・・・まさか・・・俺がマヤを疑うなんて!なんて心が狭いんだ!真澄!!)

彼はそんな自分を必死で抑えつけ、冷静になろうと言い聞かせる。

それにしても、心が狭いのはそれ以前の問題であるが・・・。




まるで不治の病を抱えているかのように顔色の悪い真澄を筆頭に雰囲気の悪い会議は進んでいた。

それでも、張本人の彼にはまるで内容など頭に入らないうえに、トンチンカンな相槌で更にややこしくなり、会議

の時間は延びていく。



(マヤ!マヤ!マヤ〜〜〜!!!)

真澄の体からは、得体の知れないオーラが漂っている。 嫉妬パワーが静電気を呼び、彼の髪は、鬼太郎が妖気

を感じ取ったかのように逆立ちして止まらない。


(社長!!!)

隣に座っている水城も焦りの色を隠ずにハラハラとしていたのだが、真澄は気付くことはなさそうだ。


もはや、社長がいないほうがスムーズに会議が進むのではないか、と誰もが思っていたのだが、そんなことを

言える者はいなかった・・・。









ドサリッ


・・・真澄は自室に入るなり、携帯電話をベットの上に投げ捨て、自らも体を横にする。

(マヤ〜)

結局、彼女からは全く返事が来ないまま、屋敷に帰ってきていた。


”忙しいのか・・・?”

と、そんなメール再度送ったのは、会社を出る前であった。


(仕方がないよな・・・)

真澄は穴が空くほど、待ち受け画面のマヤを見つめつつ、ふうっと溜息をついた。



・・・実は先ほど、マヤの今日の細かいスケジュールを入手していた。

彼女は午後からドラマの打ち合わせを済ませた後、舞台のレッスンに向かってハードな一日を過ごしているとの

事だった。

ちゃんと交際宣言をしてしまえたら、毎日だってレッスン場に迎えに行けるのに、こんな風に他人行儀にしていな

ければならないのは辛いところである。



・・・それでも・・・少しだけ胸を撫で下ろす自分がいた。

仕事で忙しくてメールを返せないのなら、何も心配する必要はないのだから。

いくらなんでも、夜になれば何らかの連絡があるはずであろう、と。


(黒沼先生は厳しいし、上手く稽古が進まなければ休憩も与えずにいることだって珍しくもないな)


ふと、厳しい顔つきで稽古に挑むマヤの顔が浮んだ。


彼女のことだから、今日の稽古のテーマが『”おはよう” ”おかわり” ”鬼は外〜 ” ”メリークリスマス” の4つの

言葉だけで会話を続ける』 などというものでも、軽々と5時間くらいは乗り切っているかもしれない。


(そうだ、きっとそういう事情なんだ)


真澄は自分自身を納得させるため、演劇に没頭しているマヤの姿を次々と必死で思い描いていく。


(もしかしたら、『動物園の檻の中から脱走したゾウを捕まえるパントマイム』なんていうのに苦戦しているのかもし

れないぞ。確かにこれなら、亜弓くんでも難しそうだな。 ドスドスと逃げ回る架空のゾウを相手に、マヤは体を張っ

て部屋中を駆け回るんだ。それでも上手く表現することができず、黒沼先生に 『北島ぁ〜!そうじゃないだろ〜!

お前は心から飼育係になりきってない!今日は休憩は一分もなしだ!』などと言われ、携帯をチェックすることすら

できずにヘトヘトになっているのだ・・・)


・・・紅天女の稽古でそんな事をするとは思えないが。




・・・・・・真澄は自分に都合の良い妄想のお陰で、ちょっとずつ救われていったのだが・・・。


・・・・・・それでも・・・・どこか心の引っかかりが消えることはなかった。


――仮にこの妄想が本当だとしても、マヤがパントマイムに集中できない理由は何なのだろうか?――


それは・・・・・・


(里美茂・・・)



またアイツの顔が浮んできてしまった。



「・・・・・・・・」

真澄は体を起こし、スーツの上着を脱ぎ捨て、パサリと椅子に投げかけると、イカ墨よりも黒い息を吐きだした。



・・・マヤが駆け引きをするような女ではないことは、よく知っている。

例えば恋愛上手な女性であれば、わざと不安にさせるような行動に出たりするものなのかもしれない。

しかし・・・・・・・あのマヤだからこそ、逆に不安にさせられてしまうのだ。


両方の男と上手にやろうなんて考えのできない彼女は、ひょっとしたら里美に再び告白などされ、悩んでいるのでは

ないか・・・?

そんなバカバカしい、根も葉もない想像が心を支配していく。


この間まで『俺は世界一幸せだ』と思っていたのに、今では世界中の不幸を背負ったように顔色が悪く、まるで

廃人のようになってしまった。 

たかが恋愛なのに・・・。


「俺としたことが・・・ 」

苦悩をするといつも決まってこのセリフが湧いて出てきてしまうのも、いい加減にワンパターンだなあ、と真澄は自分

でも思う。




(どっちにしても、またこちらからメールを打つのはしつこいと思われそうだ。 こうなったら向こうから連絡が来るまで

とことん待ってやるゥ!!)


とうとう、つまらない意地というものが湧いてきていた。


(電話がかかったら ”ああマヤか・・・忙しくてすっかり忘れていたよ。メールの返事?気にすることはないさ・・・

俺も時間がなくて・・・” などと爽やかな声で言ってやるんだ!)


真澄は頭の中でシナリオをサクサクと完成させた。

いつもこういうことに関してだけは、抜かりがない。


(さあ、マヤ!電話をかけるなら今だぞっ!早くしないと寝てしまうぞっ!!ハッハッハ・・・)

ちょっぴり強がるという点も彼の大きな特徴である。


真澄は、かなり無理をしながらもどうにか気を落ち着かせたようだった。









ところが・・・・待てど暮らせど、彼女からはプッツリとメールが途絶えたままの状態は続いていた。

・・・・真澄が食事を終え、風呂も済ませて寝酒を口にしている時間になってもマヤからの連絡は全く入らないまま

だったのだ。


(いったい、どうなっているんだ・・・)

真澄はキリキリと痛み続ける胃を押さえながら、何百回目かの溜息をつく。 

持ち帰った仕事の企画書や書類に目を通していても、10秒おきくらいに携帯に目を向けてしまっていた。明らかに

書類よりも携帯を気にしている時間の方が長い。

なにしろ、浴室にも携帯を持ち込もうかと思ったほどである。


(マヤ・・・・・)



さすがにもう、限界かもしれない、と自分でも思った。


まるで何かの中毒患者のように、体がマヤに対する禁断症状を起こし始めている。


もちろん、そんな深い関係になっているわけではないのだが・・・。


「くそっ!!落ち着かんっ!! ・・・・仕方がない!!こうなったら!!」


真澄は、あっさりとプライドを捨てることにした。

なんだか悔しい気持ちもあるけれど仕方がない。



しかし・・・いざ携帯を手にしてからハッとする。

”いきなり電話をかけあうことはせず、メールで確認しあってからにしよう” という約束を思い出したからだ。

・・・不規則な仕事をしている為、二人で決めたルールであったはず・・・。


(・・・ある意味、緊急事態だからいいんだ・・・)

真澄はブツブツと心の中で言い訳をしつつ、速攻でルールを破ることに決めた。 ルールなんて、破る者がいるから

ルールなのだ。返事を出してこないマヤにも問題ありなのだ、と。

・・・相変わらず、自分勝手なオレサマっぷりを発揮している真澄。


しかし彼は、『里美茂』という名前だけは口に出さないようにしよう、と自分に言い聞かせていた。

自分はいつもクールで落ち着いた大人の男、速水真澄なのだから、里美がどうのこうの、などと、まるで嫉妬して

いるかのような言葉を出すのは問題なのだ。

・・・これを嫉妬と呼ばずに何を嫉妬と呼ぶのかは分からないが・・・。


よしっ、と気合を入れ、彼は登録されているアドレス欄を開くなり通話ボタンを押した。

自分の中で、いかにマヤが大きな存在になっているのか思い知らされながら・・・。




プルルルルル・・・・・・・・・


コールの音が響くと、真澄の心臓はバクバクと音をたて始めていく。 やっぱりやめておけばよかったかな、など

と思ってしまう部分も残っている。

ドキドキドキ・・・



・・・が、真澄の焦る心を無視するかのように、コールは鳴り続け、マヤが電話に出る気配はない。

「何をしているんだ・・・なんで出ないんだ!?!?」


プルルルルルル・・・・・・


無情にもコールはしつこいほど続き、やがて自動的に留守番サービスのアナウンスに切り替えられた。


「なっ!!なんだよっ!!!!」

真澄は鼻息を荒くしてオフボタンを押す。


(いくらなんでも、もう稽古は終わっているだろう!?)

真澄は再び、力強くリダイヤルボタンを押す。


プルルルルル・・・・・・・


マヤは・・・出ない。

(何かあったのだろうか・・・)

「・・・・・・・・」


体中に寒気が走る。

いっそ、マヤの住んでいるアパートに電話を入れてみようかとも思ったのだが、あまりにも遅い時間であり、それも

躊躇ってしまう。

こんな事なら、もっと早く素直に電話をかけていたほうがよかったのだろうか?


「・・・・」



真澄は動揺が抑えられず、次の瞬間、とある人物に電話をかけていた。 


・・・そう、聖唐人だ!!

困ったときの聖頼み、という言葉は彼の辞書から外せない。




プルルルル・・・・・ カチャッ

先ほどのマヤへの電話とは違い、すぐに繋がっていた。



「真澄様・・・・何か御用でございましょうか?」

落ち着いた声で彼が電話にでた。 


(聖ーーーー!!!!)


真澄は世界で一人ぼっちのような寂しさを抱えていたので、聖が電話に出て泣きそうなほど嬉しく思っていた。

しかし、それどころではないことを思い出してハッと我に返る。


「聖っ!!!!! じ、実は、マヤと連絡が取れなくて心配しているのだが・・・・」

真澄はすがるような声で助けを求めていた。


「マヤ様でございますか? もう舞台稽古は終えられて、すでにアパートに戻られております。真澄様が今日の会見

を気にしておられましたので、勝手ながらマヤさまの本日の行動を見守らせて頂いたのです・・・」


「なっ・・・」

さすが聖唐人。 真澄の心を見透かしたようにした行動である。


「そ・・・そうか?それは・・・確かだな?」

「はい。間違いございません。携帯電話には出られないのですか?」


「そうなんだ。しかし・・・・ちゃんと帰っているなら心配は無用だな。ありがとう。すまなかった・・・」

「いえ・・・お役に立てて光栄でございます・・・」

「・・・・ああ、じゃあ・・・」

真澄は自分の動揺を聖に悟られていたのを恥ずかしく思い、一方的に捲し立てると、電話を切った。


(なんてことだ・・・俺はそんなに今日の事を気にしたような素振りだったか?)

それは相手が聖じゃなくてもバレバレであると思われるが。

真澄はそっと、冷や汗をぬぐった。




それにしても・・・・

真澄は首をひねる。

(どういうことなんだ・・・マヤ・・・俺からのメールもことごとく無視して、電話にも出ないなんて!)

不審に思いながら、再びアドレス帳からマヤの番号を呼び出す。


もう、ここまできたら『しつこい』と思われようが構わない。


(また長いコールが続くのだろうか・・・)


彼は体を揺り動かしながらマヤが電話に出てくれるのを祈るしかなかった。 

何を話すか、なんて問題は二の次である。



「・・・・・・・?」

ところが真澄は、今度はなかなかコールの音がしないのでおかしい、と思い始める。




お客様がおかけになった電話は電波が届かない場所におられるか・・・・




・・・なんと、長いコールの代わりに無情なアナウンスが耳に入ってきた。




「!!!!!!」

・・・・どうなっているんだ!!





(電源を切られてしまったのだろうか・・・・)




(何度もかけてしつこいと思われたのだろうか・・・)




お先真っ暗、という言葉が身に沁みる・・・・・。




(マヤ・・・どうしたんだ・・・どうして俺を避けるんだーーーー!!!!?)



めまいがしそうだった・・・。






それから3度も同じようにダイヤルしてみたが、マヤの声を聞くことはできなかった。






再び、彼の心の中は大嵐になる――。



 

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