「ふっふっふっふ・・・」 静けさの漂う社長室に、不気味な笑い声が響く。
(じゃじゃ〜ん!!) とりあえず心の中で効果音などをつけてみた。
(いつ見ても可愛いな・・・) そっと胸に押し当て、じんわりと幸せ気分に浸る真澄。
最初は操作に慣れていない彼女は苦労していたようだが、最近では一日に数回、メールでやり取りが出来るよう になっていた。
いたのを思い出す。 真澄は頬杖をついてニンマリとする。 メールのやりとりをできるなんて、まさに恋人同士の特権ではないか。
・・・そんなに自信があるなら、何も恐れることなどないであろうが・・・。
浮き沈みの激しいのが彼の欠点でもあり、長所なのだ。 ぼんやりとそんなことを想像し、真澄はフフッと口元を緩めながら携帯を握り締めた。 連載は長引いていても、便利な世の中になってよかったなあ、としみじみ思いながら・・・。
あれこれと言葉を思い浮かべるのは、楽しくてたまらなかったが、真澄はとりあえず、感情に任せて指を動かして みることにした。
出来上がった文章を見て、真澄は愕然としてしまう。 (なんということだ!!これはマズイ。こんな文章を打つなんて俺は・・・何を考えているんだ!) 真澄は慌ててクリアし、再び文字を打ちはじめていた。 そこまで打ってから、ハッとした。 (・・・これも同じような内容じゃないか!)
・・・自分で自分が信じられない・・・。 誰にも打ち明けられない苦悩を抱えている余り、無意識にこんな行動に出てしまうなんて・・・。 ある意味、夢遊病よりもたちが悪いじゃないか!
マヤに片想いしている状態からすでに彼の心の病は重症であるが・・・。 真澄はさんざん悩んだ挙句、 忙しそうだな。あまり無理をするなよ という無難な文章を作成し、ようやく送信作業を終え、息をつく。 我ながら、さり気ない文章でGOODだな、と思った。
今はただ、マヤがどんな言葉を返してくるのか、想像しただけで楽しくてたまらない。
なんてのもいいなあ、と思う。 いやいや、 ”次に速水さんに会える日を楽しみにして頑張っているの・・・大好き” というのも捨てがたいような・・・。
・・・マヤからの返事が全く返ってこない為、イライラと貧乏揺すりを繰り返しながら、真澄は再び別の会議に出席 していた。
真澄は不安に思い、胸元の携帯のメール受信を知らせる振動ばかりを期待してソワソワと過ごすことになって しまった。
焦る気持ちばかりが大きくなっていき、ささいな事ですら気に障る。 イライラが止まらない・・・。 タバコの本数もうなぎ登りになっていくのが分かる・・・。 先日は確か、『速水さんからメールが来ると嬉しくて指が震えちゃうの』なんて可愛いことを言ってくれた彼女。 真澄は、そんな嬉しい言葉を思い出しながら口元を緩めてしまいそうになったのだが・・・ふと、忘れようとしていた 里美茂の顔が、目の前をよぎる。
せいだけではない!
パクついている姿などが鮮明に映し出されていく。
そして、里美はマヤが食べ残したナゲットを 『マヤちゃんのならいいや』 などと言って食べてしまうのだ!
まるで人間映写機のような真澄は、自分で勝手にリアルな想像をしておきながら、あまりの衝撃に耐えられなく なりそうだった。 これが想像ではなく本当だとしたら、悔しくて仕方がない。 真澄は、泣きながら会議室を飛び出してしまい気持ちになった。
彼はそんな自分を必死で抑えつけ、冷静になろうと言い聞かせる。 それにしても、心が狭いのはそれ以前の問題であるが・・・。
それでも、張本人の彼にはまるで内容など頭に入らないうえに、トンチンカンな相槌で更にややこしくなり、会議 の時間は延びていく。 真澄の体からは、得体の知れないオーラが漂っている。 嫉妬パワーが静電気を呼び、彼の髪は、鬼太郎が妖気 を感じ取ったかのように逆立ちして止まらない。
隣に座っている水城も焦りの色を隠ずにハラハラとしていたのだが、真澄は気付くことはなさそうだ。
言える者はいなかった・・・。
(マヤ〜) 結局、彼女からは全く返事が来ないまま、屋敷に帰ってきていた。
と、そんなメール再度送ったのは、会社を出る前であった。
真澄は穴が空くほど、待ち受け画面のマヤを見つめつつ、ふうっと溜息をついた。
彼女は午後からドラマの打ち合わせを済ませた後、舞台のレッスンに向かってハードな一日を過ごしているとの 事だった。 ちゃんと交際宣言をしてしまえたら、毎日だってレッスン場に迎えに行けるのに、こんな風に他人行儀にしていな ければならないのは辛いところである。
仕事で忙しくてメールを返せないのなら、何も心配する必要はないのだから。 いくらなんでも、夜になれば何らかの連絡があるはずであろう、と。
言葉だけで会話を続ける』 などというものでも、軽々と5時間くらいは乗り切っているかもしれない。
れないぞ。確かにこれなら、亜弓くんでも難しそうだな。 ドスドスと逃げ回る架空のゾウを相手に、マヤは体を張っ て部屋中を駆け回るんだ。それでも上手く表現することができず、黒沼先生に 『北島ぁ〜!そうじゃないだろ〜! お前は心から飼育係になりきってない!今日は休憩は一分もなしだ!』などと言われ、携帯をチェックすることすら できずにヘトヘトになっているのだ・・・)
真澄は体を起こし、スーツの上着を脱ぎ捨て、パサリと椅子に投げかけると、イカ墨よりも黒い息を吐きだした。 例えば恋愛上手な女性であれば、わざと不安にさせるような行動に出たりするものなのかもしれない。 しかし・・・・・・・あのマヤだからこそ、逆に不安にさせられてしまうのだ。
ないか・・・? そんなバカバカしい、根も葉もない想像が心を支配していく。
廃人のようになってしまった。 たかが恋愛なのに・・・。
苦悩をするといつも決まってこのセリフが湧いて出てきてしまうのも、いい加減にワンパターンだなあ、と真澄は自分 でも思う。 とことん待ってやるゥ!!)
俺も時間がなくて・・・” などと爽やかな声で言ってやるんだ!)
いつもこういうことに関してだけは、抜かりがない。
ちょっぴり強がるという点も彼の大きな特徴である。
・・・・真澄が食事を終え、風呂も済ませて寝酒を口にしている時間になってもマヤからの連絡は全く入らないまま だったのだ。
真澄はキリキリと痛み続ける胃を押さえながら、何百回目かの溜息をつく。 持ち帰った仕事の企画書や書類に目を通していても、10秒おきくらいに携帯に目を向けてしまっていた。明らかに 書類よりも携帯を気にしている時間の方が長い。 なにしろ、浴室にも携帯を持ち込もうかと思ったほどである。
なんだか悔しい気持ちもあるけれど仕方がない。
”いきなり電話をかけあうことはせず、メールで確認しあってからにしよう” という約束を思い出したからだ。 ・・・不規則な仕事をしている為、二人で決めたルールであったはず・・・。
真澄はブツブツと心の中で言い訳をしつつ、速攻でルールを破ることに決めた。 ルールなんて、破る者がいるから ルールなのだ。返事を出してこないマヤにも問題ありなのだ、と。 ・・・相変わらず、自分勝手なオレサマっぷりを発揮している真澄。
自分はいつもクールで落ち着いた大人の男、速水真澄なのだから、里美がどうのこうの、などと、まるで嫉妬して いるかのような言葉を出すのは問題なのだ。 ・・・これを嫉妬と呼ばずに何を嫉妬と呼ぶのかは分からないが・・・。
自分の中で、いかにマヤが大きな存在になっているのか思い知らされながら・・・。
と思ってしまう部分も残っている。 ドキドキドキ・・・
「何をしているんだ・・・なんで出ないんだ!?!?」
真澄は鼻息を荒くしてオフボタンを押す。
真澄は再び、力強くリダイヤルボタンを押す。
(何かあったのだろうか・・・) 「・・・・・・・・」
いっそ、マヤの住んでいるアパートに電話を入れてみようかとも思ったのだが、あまりにも遅い時間であり、それも 躊躇ってしまう。 こんな事なら、もっと早く素直に電話をかけていたほうがよかったのだろうか?
困ったときの聖頼み、という言葉は彼の辞書から外せない。
先ほどのマヤへの電話とは違い、すぐに繋がっていた。
落ち着いた声で彼が電話にでた。
しかし、それどころではないことを思い出してハッと我に返る。
真澄はすがるような声で助けを求めていた。
を気にしておられましたので、勝手ながらマヤさまの本日の行動を見守らせて頂いたのです・・・」
さすが聖唐人。 真澄の心を見透かしたようにした行動である。
「はい。間違いございません。携帯電話には出られないのですか?」
「いえ・・・お役に立てて光栄でございます・・・」 「・・・・ああ、じゃあ・・・」 真澄は自分の動揺を聖に悟られていたのを恥ずかしく思い、一方的に捲し立てると、電話を切った。
それは相手が聖じゃなくてもバレバレであると思われるが。 真澄はそっと、冷や汗をぬぐった。
真澄は首をひねる。 (どういうことなんだ・・・マヤ・・・俺からのメールもことごとく無視して、電話にも出ないなんて!) 不審に思いながら、再びアドレス帳からマヤの番号を呼び出す。
何を話すか、なんて問題は二の次である。
ところが真澄は、今度はなかなかコールの音がしないのでおかしい、と思い始める。
・・・・どうなっているんだ!!
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