嫉妬という名のもとに 




マヤに捨て身の思いで告白をし、互いの気持ちが通じ合って交際がスタートしたのは先日のこと・・・。

・・・真澄は、この世に奇跡というものが存在することを実感し、今日もせっせと仕事に精を出していた。


(マヤ・・・♪♪♪)


過去に”鬼社長”などと呼ばれていたのがウソであるかと思われるほど、優しい表情を見せるようになった彼。

そして、そんな社長の豹変ぶりを不審に思う社員の数も半端ではないのは確かであった。

なにしろ、彼は”相思相愛” という言葉を心に思い浮かべただけでもニヤニヤと笑みをこぼしそうになってしまう

くらいなのだから・・・。



ちなみに紫織とはすでに婚約解消を果たしていたものの、2人の関係はまだ世間にはヒミツのままでいた。 

それは、マヤを泥沼に巻き込むのを防ぐ為、そして鷹宮家に対する気遣いという理由からである。

2人で堂々と街を歩いてデートできる日々は、まだ先になりそうであったが、真澄は満たされた心を抱えながら、

(会えない時間こそが二人の愛を深めていくのさ・・・)

などと、余裕の気持ちで書類をめくる。


今はまだオープンな付き合いこそはできなくとも、頃合を見計らい、大々的に交際宣言をする予定だって、しっかりと

考えてある。

その日さえ来れば、誰の目も気にしないでどんな事でもできるのだから・・・。


(そう、どんな事でも・・・・フフフフフ・・・♪ まずは、交際宣言、そして婚約・・・いずれは結婚だ!!そして・・・・

どうしようもないほどラブラブ&エロエロな日々・・・・・!!!)


マヤがヒラヒラのレースのエプロンなどをつけ、”おかえりなさ〜い♪”と抱きついてくる姿が目に浮かぶ。

・・・そんな想像をしただけで、笑いも興奮も止まらない。


(まいったな・・・)


まいっているのは周りにいる水城やら大都芸能の社員のほうであろうが・・・。





・・・・真澄は、マヤと気持ちさえ通じ合っていれば何も怖いものはないと信じていた。


・・・・なんといっても、二人は魂の片割れ同士なのだから、と・・・。








――それから数日後――


どうした事か、何度も唇に手を当てながら難しい顔つきで思考を巡らす真澄の姿があった。


「まったく・・・どうなっているんだ!!」

同じセリフを何度吐き出したのかも分からない。

彼がこんな厳しい表情をするなど、ここ数日では珍しいことであった。


それもそのはず・・・・実は、何年ぶりかに、あの里美茂が日本に戻ってくることになったのだ。

里美は何度かアメリカに渡って英語や演技の勉強を続け、今では日本よりも海外で過ごすことが多くなっていた。


・・・・しかし、マヤの主演が決まっている新しいドラマの役者が急病で倒れ、なんと代役として彼が抜擢されること

になったのである。


「・・・・なぜ、あいつしかいないんだ!!」

硬く握りこぶしを作り、誰もいない社長室のデスクをドンッと叩くと、飲みかけのブルーマウンテンがカップの中で

大きく波を作り、辺りに飛び散る。


(おっと・・・)

一瞬、我に返った真澄。


しかし、幸いにも汚れたのは たまたま桜小路が表紙になっている、くだらない雑誌であったのでよかった。

そんな事よりも、今は里美茂のヤローの行動のほうが優先順位が先であろう。





ふうっ、と息を出した真澄は、 まるで落ち着きのない小学生のように、ボキボキと指を鳴らしながらチェアを回転

させた。

彼の目の前には今、爽やかな笑顔でポップコーンを抱えている里美茂の姿が鮮明に映っている。


(・・・・あいつだけは・・・・2度とマヤには近づけたくなかった・・・・・・・)

今回の突然の事態が悔やまれて仕方がない。


実際には暇を持て余している役者など数多くいるし、代役なんて一角獣の団長だろうが、間進でもよかったはず。

・・・なのに、倒れた俳優の役柄はアメリカ人と日本人のハーフの青年という設定であり、英語ができる里美は

ピッタリと条件が合い、また、話題性からいってもベストということで、大多数の者がイチオシしたため、あっと言う

間に話が進んでしまったのだ。

・・・確かに、一角獣の団長や間進にハーフの役はマズイであろう。


(ふんっっ!英語くらい、俺だってできるんだ。年齢には無理があるが、若作りすればどうにかなる。里美を選ぶ

くらいなら、俺を代役として起用してくれっ!!)

・・・真澄はそんなバカバカしい事を言いたい気持ちをぐっと堪え、決断をしなければならなかったのだ。


――”里美茂か・・・それはいいな・・・さぞかしワイドショーも賑わい、ドラマも大成功になるだろう”――


・・・滝のような汗を背中に流し、かなり無理をしたその言葉により、すべてが決まってしまった。

心の中では煮えくり返りそうなほどの嫉妬を抱えながらも、当然、そんな顔をするわけにいかないのが大都芸能

の社長という悲しい立場であろうか。


(・・・くそおおおっ・・・)

真澄は おもむろに体を伏せ、デスクの上に額を押し付けながら小刻みに首を振った。







”――好きです――”


・・・それは、マヤがいつかのパーティーで里美の告白に対してキッパリと告げた言葉だった。


(あの時のツーショットは忘れることができない。 本当に悔しかった・・・)

ジクジクと胸が痛んで止まない・・・。

・・・ついでに、シャンパングラスを割った手のひらの痛みまでリアルに思い出してしまい、とうとう吐き気まで湧いて

きてしまった。


(病は気から、というのは本当だなあ・・・)

しみじみと実感しつつ、真澄はハッとする。

・・・そんな事を実感している場合ではない、と・・・。


(と、とにかく・・・マヤの恋人は、今は俺なんだ!それに、初恋の相手に久しぶりに会ってガッカリする、なんて

話もよくあるじゃないか。あいつだって歳をとっているんだし、爽やか笑顔のフェイスなんて、遠い昔の思い出に

決まっている!)

真澄は気を落ち着かせようと、コーヒーカップをひったくるようにして掴んだ。 くだらない事に悩まされていた為に

それはすっかり冷めてしまい、まるでアイスコーヒーのようになってしまっていたが、構うことなく、みるみると飲み

干していく。


しかし実際には、先ほどの振動でこぼれた雫がカップの底からボタボタと落ち、スーツのズボンに染みを作っている

ことにも気付かないほど動揺していた。 


(落ち着け、落ち着け〜〜〜!)

真澄は、そう思いながら、次にマヤに会えるまでの長い長い日々をカレンダーでチラリと確認すると、思わず溜息が

でていた。

(会えるのは・・・まだまだ先・・・か・・・・)


あれほど ”会えない時間が愛を深める” などと偉そうな思考をしていたくせに、ものすごい変わり様である。


・・・ついに彼は、耐えきれない思いをぶつけるようにして、力いっぱい、コーヒーカップをソーサーに戻していた。


ガチャンッッ・・・


・・・大きな音が社長室に響く。

無残にもソーサーは割れてしまったようだ。

彼は感情的になると後先を考えずに、ついついグラスやカップに被害を与えてしまうクセがある。 

したがって、こんな事は日常茶飯事であり、気にするレベルではないのだが・・・。

・・・ソーサーの破損よりも、心の傷のほうが大きな問題かもしれない。


(大丈夫・・・大丈夫・・・・)

真澄はフラフラと立ち上がると、そう自分自身に呪文をかけるように言葉を繰り返していた。


(今回のことは・・・別に、マヤの相手役というわけでもない、ただの共演者なんだ!このドラマさえ終われば、また

ヤツは海外を中心に活躍し、マヤとの接点もなくなるはず。  我慢だ・・・我慢するんだ・・・速水真澄!)



しかし・・・



(うううっ・・・)


・・・・真澄は、まるで正露丸のCMに出れそうなほど弱々しく胃を押さえながらうずくまる。


(いかん・・・・・)





こうして彼は、ここのところお世話になりっぱなしの胃薬を無理やり喉に流し込み、どうにか自分を誤魔化すしか

なかった。






とうとうドラマの製作発表の日がやってきた。


二人とも多忙が重なり、電話くらいはできたものの、ついに里美に関しての話題には触れられなかった。

・・・・いや、きっと会える時間があっても言えなかったに違いないが・・・。


おまけに真澄は、現場に駆けつけるという予定まで狂わされてしまい、愕然としていた。

運悪く突然の会議に挟まれてしまい、とても会社を抜け出せない状況が待ち受けていたのだ。

もちろん、現場に居合わせることができたとしても、状況は何も変わらないのだが・・・。

それが分かっているからこそ、もどかしくてたまらない・・・。


(・・・・里美め!!余計なことをしたらただじゃ済まんからなっ!!)

・・・朝から恐ろしい形相で仕事をする彼に、社員達もオロオロと様子を窺いながら会議の準備などをするハメに

なり、真澄と同じように胃を痛めていた。

気まぐれ屋さんの真澄に振り回されっぱなしの大都芸能の社員達は、本当に苦労が耐えないのだ。







そうして、カリカリと怒鳴り散らしながら一つ目の会議を終えた真澄は乱暴にドアを開け、ようやく社長室に戻ると

勢いよくソファーにもたれかかる。


(ふんっ・・・くだらない会議ばっかりだ!)

マヤのことばかりが気になって、ほとんど内容も耳に入っていなかったくせに、ものすごい言い草である。




・・・・イライラした気持ちばかりが加速していくのは真澄も自分自身で分かりきっていた。

別室で用意された豪華な重箱の弁当も、ろくに手を付けることができず、苛立ちはつのるばかり。


時計を見上げると、もう2時になろうとしていた・・・。


(午前中には会見も終わっているはずだな。・・・・ワイドショーでは取上げているのだろうか・・・)

気にしないようにしていたはずなのに、嫌な事を思い出してしまい、チッと舌打ちをする真澄。

・・・本音を言えば、あの二人が同じ画面に映る姿は見たくはないのだから。


でも、もしかしたらマヤが、すべてをふっきったような顔をしているかもしれないし、里美だって『今はアメリカに恋人

がいます!』などと宣言する可能性だってゼロではない。


真澄は怖いもの見たさもあり・・・無意識にリモコンを掴み上げると、テレビのスイッチを入れていた。


(・・・・俺は別に・・・・大都芸能の社長としてチェックするだけだからな・・・)

誰に言い訳しているのかもよく分からない。



震える手でチャンネルを変えていくと、芸能トピックスのコーナーで新ドラマ特集というものがやっていて、タイミング

よく、マヤの出演する予定のドラマの製作発表のVTRが始まった。


「きたっーーーーーー!!!!」

思わず小声で叫んでしまう。

彼は無意識にライターを取り出し、意味もないのにフタの部分を親指でカチカチと鳴らし続けながら、食い入るような

体勢になっていた。


画面の上のほうには、”里美茂、ピンチヒッターで北島マヤと共演!”という文字が出されているのが見える。


(ふんっ!ピンチヒッターなんて、たいしたことはないんだ!! お前なんて三振で凡退しやがれっ!!)

・・・自分の会社が関っている大事なドラマなのに、プライベートな感情を出しまくりで本当に情けない社長である。




しかし・・・そんなくだらない事を考えていると、画面にはアップになった里美に姿が映し出されていた。

「!!!!!」

・・・・ふいにライターをはじく手を止める真澄。


里美は、長めだったサラサラヘアーをバッサリと短くし、大人びた印象を見せつつもアイドルスマイルを撒き散らして

いる。

そして、・・・・年齢よりもかなり若く見えるほど、肌もピチピチと潤っているではないか。

・・・誰がどう見ても爽やかな好青年に間違いない。


「・・・相変わらず・・・若い・・な・・・」

・・・真澄はショックを隠しきれなかった。

彼はマヤよりも11歳も年上であるというコンプレックスに日々悩まされている為、里美の若さビームが眩しく思え

たのであろう。



「里美さん!マヤちゃんに再会したご感想はいかがですか?」

「マヤちゃんはどう思われましたか?」


ドラマについての内容や宣伝が一通り終わると、狙い撃ちするように2人に質問が集中していった。

久しぶりに2人が対面することもあり、予想以上の報道陣が取り囲む中、昔と変わらぬ爽やかさを保っている里美

は、マヤの相手役の地味な俳優以上に目立っているように思える。


真澄は身を乗り出しながら、ドキドキと見守り続けていた。

・・・マヤも里美も困ったような顔をして立ち尽くしている・・・。

里美はともかく、マヤが意識したように落ち着きのない表情をしているのが腹立たしくも思う。

(くそっっ!!)



「里美さん!今、恋人はいますか?」

ずばりと飛んだ質問にも、にこやかな笑顔の里美茂。 

真澄は固唾を飲み込んで画面を見守る。

・・・どうするつもりであろうか。

何を言い出すのであろうか・・・。


(さあ、里美!言うんだ! ”今は、金髪のギャルとよろしくやってます!”と言ってしまえ!)

・・・そんな事を言うわけがあるまい。





里美はゆっくりとマヤの隣へ近づいていった。


「なっ!!!!!!」

真澄は震える拳を必死で押さえつけていた。

(落ち着け・・・落ち着くんだ!これはVTRだ!もう済んだことだ!今じゃない!)


そうこうするうちにも、里美は すでにマヤの隣にぴったりと寄り添っていた。

・・・なんてことだ!!


「里美ィィッ!!!」

思わず怒りの声を絞り出し、ギロギロとテレビ画面を睨みつけていると、里美はようやく口を開いた。


「恋人は、ずっといません。僕は昔から一途なところがあるようです。マヤちゃんとはまた共演できて心から嬉しく

思います。マヤちゃん・・・よろしくね」

里美は甘いマスクでマヤを見下ろしていた。


「さ、里美さんっ・・・」

マヤは驚きながらも顔を真っ赤にして彼を見上げ、カメラのフラッシュは二人に向けて激しく飛び交っていく。

「!!!!!!」


真澄は、白目・青筋・滝汗の三拍子を揃えながら画面を見つめるしかできない。

(なんっっ!!!!!!!)



「本日の製作発表の会見は以上で終了です!」

誰かの言葉により、報道陣に背中を向ける形でゾロゾロと役者達が引き下がっていくのを、真澄はフリーズしながら

目で追っていく。


(・・・・!!!!)



そして・・・・・・・


・・・・・真澄は見てしまった・・・。


画面から消える直前、里美が、ちゃっかりとマヤの肩を抱く姿を!!




・・・・・ガーン・・・・・・!!!!!

ハンマーで思いっきり殴られたような衝撃が走る。

もはや胃の痛みはエベレスト山の頂上並みだ。


「いや〜熱いお二人の視線には参りましたね。またこれからも2人のロマンスが期待できそうです。ドラマの方も

お楽しみに!」

レポーターが楽しそうに語っている・・・。とんでもない番組だ!


(うがーーーーっ!!うがーーーーーーーっ!!!里美茂〜〜ゥゥゥゥッッ!!!!!!!!)


真澄は思いきり大声で叫びたくなる思いをグッと呑み込み、テーブルをバンッと叩きつけていた。

しかし、ワイドショーのスタジオコメンテーターなどが、口々に”お似合いの二人ですね”などと盛り上げているのが

嫌でも脳に伝えられ、怒りモードはパワーアップしていく。


(冗談じゃないっ!マヤは俺とお似合いなんだよっ!!)

怒り狂う余り、真澄は社長室の壁をガツンと殴りつけていた。


『マヤの恋人は、このオレサマだっ!』とネタを売り込みに行きたいほどの思いがあるものの、まだそれができない

状況にあるのがもどかしい。

彼の気持ちを無視するかのように、二人のアツアツムードの写真や映像は、しつこいほどに流され、真澄の寿命

を縮めていくのが腹立たしくて仕方がない。


(何もかもがおもしろくない!どれもこれも、こいつのせいだ!!)

真澄はテレビの前に向かうと、画面に映る里美の顔を狙い撃ちし、指をはじくようにしてピシピシとぶつけていた。

「こいつめっ!!こいつめェェェ〜!!」


こんな姿、誰にも見せられたもんじゃない。

こんなことをしても無意味だと分かっているのに・・・。


「・・・・・・」

真澄はふっと虚しくなり、手を止め、ションボリと肩を落とす。

そして、テレビの電源をオフにすると、トボトボとソファーに戻り、両手で顔を覆うようにして目を伏せた。


(里美茂ゥゥ・・・・)


真澄の脳裏には、過ぎ去った昔の出来事が静かに思い出されていった。




里美とマヤ。



(昔から”焼けぼっくいに火がつく”なんて言葉があるように、あの二人もそうなってしまったら・・・・・?)

・・・それは、自分が一番恐れていること・・・。



・・・・・あの二人はお互いに惹かれ合って付き合っていたのに、好きな気持ちのまま、別れてしまった。

(俺が今、突然マヤと別れさせられてしまったら・・・諦められるだろうか・・・?)

当然、答えはNOに決まっている・・・。


「・・・・・・・」


・・・マヤと想いが通じ合っているというのに・・・・・真澄には、どこか自信がなかった。

どうしてだろう・・・・”万年、友達止まり”の桜小路になら勝つ自信があるのに・・・。



マヤが惚れた男・・・

そして、付き合った男・・・・

ポップコーンがよく似合う・・・爽やかな青春スター!


・・・それが里美茂・・・・・。

・・・マヤの初恋の相手・・・・。


(悔しい・・・悔しすぎる!!!)

勝ち誇った笑顔の里美が思い浮かび、真澄は大きな不安を抱え込んでいた。


社長室の窓からは素晴らしい青空が広がって見えていたが、彼の心の中は集中豪雨のようである。






「俺の心の中の嵐は当分、やみそうにない・・・」

こんな時にポエマーもどきになっている場合ではないのに、真澄はそんな事をポツリと呟いていた。







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