小さな贈り物  (後)






マヤは、アパートの階段を駆け上がり、ただいつも通りに部屋の鍵を取り出そうとバッグを開く。

しかし、あわてて差し込もうとした鍵は、手先が震えてうまく鍵穴に入らない・・・。

『何してんの・・・あたし・・・・』


ようやくドアを開け、真っ暗な部屋を転がるように進むと、テーブルに足をぶつけ、体がよろめく。

そして、手探りでスイッチを探して電気をつけると畳の上にへたりこむようにして腰を落とした。


明るい電灯の下で、見覚えのある文字がハッキリと目に映る。

「母さんの字だ・・・」

そう呟きながら小さと息を呑む。


指先で文字をなぞり、逸る心を必死で抑えていた。


マヤは、おもむろに封を切ろうと震える指先で封筒の角をつかみかけ、慌てて手を止めた。

「ハサミ・・・どこだっけ?」

そう呟きながら勢い良く立ち上がり、戸棚を派手に開放する。

そして見つけたハサミを掴み取ると、再びその場に座り込んだ。

大切な手紙・・・。できるだけ綺麗な状態で取っておきたい、という思いがそうさせたのだった。


静けさの漂う部屋で、ハサミを入れる音と、高まる胸の鼓動の音が混ざり合っていくのが分かる・・・。

訳もなく感じる不安と緊張・・・・。

頭の中が真っ白で、何も考えられない。 ひたすら、無言でハサミを動かすことに集中する。


そして細長い欠片が切り落とされると、ドクドクと心臓の鳴る音だけが残った。


そっと中身を確認するように覗き込むと、封筒の中からは、三つ折の白い便箋が顔を出した。

マヤは、一瞬目を閉じ・・・・心を決めるとカサカサと音をたてて便箋を引き出した。


すでに、その瞳からは大粒の涙がこぼれ始めている。


マヤは唇を噛み締め、一文字も読み逃がさないように、言葉にしながら手紙を読み上げていった。




マヤ、20歳おめでとう。

この手紙は、あなたが20歳を迎える年に届く予定です。  今はまだ、お前が20歳なんて、とても

信じられないけれど、お前は何をしているんだろうね? もう寮を出て、立派な社会人になっていること

だろうね。 どうかこの手紙が届きますように・・・。


何度手紙を出しても返事をくれないのは、お前が頑張っている証拠なんだろうか・・・。

帰る気持ちになれないほど、楽しんでやっているのだろうか・・・。 


小さい頃から、いつも店の手伝いばかりさせて、お前のやりたい事は一つもやらせてあげられなかったね。

ごめんよ、マヤ。 お前にとって母さんとの思い出は辛いことばかりかもしれないね。

謝りたいことは山ほどあるけれど、お前が初めて出た学園祭の劇。 観にいってあげられず、本当に

すまなかったね。 母さんは、どれだけ後悔したことだろうか。 もっとマヤの気持ちを考えてあげれば

よかったと、何度泣いたか分からないよ。

いつかお前が舞台に立つのなら、母さんはお前がどんな役でも必ず観に行くからね。

だから、どんな仕事も胸を張ってやっていきなさい。


母さんは、最近病気がちで、もうすぐ店を出なければなりません。 お前と過ごした思い出の場所を

離れるのはとても辛いけどね。 いつか帰って来るのではないかと待ち続けていたけど、お前はとうとう

帰って来なかった・・・。 


もしも・・・お前がこの手紙を読んでいる頃、例え母さんがこの世にいないとしても・・・過去を後悔しないで

生きていきなさい。しっかり前だけ向いて、精一杯やれば生きていけるからね。


そして、いつか人生を共に歩きたいと思う人が現われたら、その人を信じて着いて行きなさい。

母さんは、どんな相手だろうと、お前を幸せにしてくれる人ならば反対などしないからね。

本当は、母さんにこんなことを言う資格はないかもしれない。

病気になってから、どんどん気弱になってしまい・・・まるで遺書みたいな手紙だね。

本当は、実際に会って20歳のお祝いをしてあげられると信じているよ。

辛い思いばかりさせて、本当に本当にごめんよ。


お前がいつか誰かと温かい家庭を築けるように、いつも遠くから応援しています。


                                        世界で一番愛しいマヤへ  母さんより


「母さんが・・・いつも使っていた万年筆の色だ・・・」

懐かしい筆跡だった。 手紙の所々は文字がにじんでいる。 きっと、泣きながらこの手紙に想いを託した

に違いない。 病気になり、娘とも連絡がとれず、どれほど寂しい思いをしていたのか、マヤには痛いほど

伝わってきた。


「かあさん・・・ごめんなさい・・・・・」

畳の上に顔を伏せ、マヤは何度も何度も同じ言葉を繰り返し、まるで幼い子供が泣いているかのように

声を出しながら嗚咽し、顔を上げることすらできなくなっていた。

体中の水分が、すべて出て行ってしまうのではないかと思うほど、涙は溢れていく・・・。



『どうして、家を出てしまったんだろう。母さん一人を残して・・・』

『たった一人の娘に家出をされて、母さんはどれだけ辛かっただろう・・・』

『どうして、あれほど長い間、電話も手紙もしないで平気でいられたんだろう・・・』

その後悔は、真澄が事件に関わったこととは別問題であることを改めて確信する。


若かったからこそ、自分の夢を信じて飛び出すことができた。 失うものよりも、手に入れたいものの方が

大事だと思っていたあの頃。

『今のあたしは・・・?今のあたしなら・・・?』



マヤの目の前に浮かぶのは、心から愛しく思う、真澄の姿であった。


・・・決して失いたくない、大切な人・・・


今のマヤには、とても昔のように行動することはできないであろう。

『今のあたしは・・・本当に幸せなんだ・・・

幸せだからこそ、失いたくないものが多すぎて、不安になっているんだ・・・』


《どんな相手だろうと、お前を幸せにしてくれる人ならば反対などしないからね》

マヤは、その部分を何度も頭の中で繰り返し、何かに開放されたかのような気持ちになった。


幸せな人生を歩むことこそが、育ててくれた親への最高の恩返し。

『あたしが幸せになれば、かあさんはすべてを許してくれるんだよね・・・』



マヤは、ようやく涙を拭い、顔を上げた。


・・・速水さんに会いたい・・・

心がそう叫んでいた。


真澄が手紙のことで気を遣い、会うのを避けたことくらい、マヤにはすぐに分かった。


「見た目ではクールに振舞っているけど・・・本当はやさしくて、いつもあたしのことを守ってくれる人なの・・・」


マヤは、まるでそこに母親がいるかのように言葉を呟き、大切に手紙を手にしながら再び部屋を出た。

もちろん、今すぐ真澄に会いにいく為に・・・。





「速水さん・・・まだ会社にいるのかな・・・。電話したほうがいいかな・・・」

独り言を呟きながら、ガラガラとアパートの外扉を開けると、先ほど別れたはずの水城の車がまだそこに

あった。

「マヤちゃん・・・」

「水城・・・さん・・・」

水城は、心配の余り帰ることができずにマヤの部屋の様子をずっと窺っていたのだった。

「マヤちゃん・・・社長は、まだ会社にいるわよ・・・。今、連絡したところだから・・・」

まるですべてを分かりきったかのような、水城のやさしい言葉だった。


もう涙は出ないかというほど泣きはらしたマヤの真っ赤な目に、再び熱い想いが込み上げる。

「水城さ・・ん・・・ありがとう・・・」

「さあ、会いたいと思ったなら、今すぐに会わなくちゃ、ね。そうでしょう?」

水城に背中を押され、車に乗り込むマヤ。

2人を乗せた車は、大都芸能へと向かって走り始める。



水城は何も聞いたりはしない。

聞かなくても、マヤの気持ちは良く分かっている。


今、マヤが一番必要としているのは真澄であり、真澄の方も同じだということ。


一刻も早く、2人にできてしまった小さな隙間を埋めさせてあげたくて・・・。

水城は、時々マヤの様子を気遣いながらも、近道を選び、車を走らせるのだった。






「さあ、着いたわ・・・」

「水城さん・・・あの・・・本当に・・・」

マヤの言葉をさえぎるように、水城は言葉を続けた。

「さ、早く!! 私、今度こそ本当に帰るから。 帰りはきちんと社長に送ってもらいなさいね。」

水城は軽くウインクをし、マヤの背中を軽く押した。

『ありがとう・・・水城さん・・・・』



水城の車が走り去ってしまうと、マヤは頼りない足取りで社長室へと向かって行った。

無人という訳ではないものの、夜の大都芸能は、昼間よりも寂しさを漂わせているように思える。

エレベーターを降り、コツコツと社長室に近づいていく。


自分が何を言いたくてここに来たのか、頭の中がぐちゃぐちゃで分からなくなっていた。

ただ、もうすぐ会える、と思うだけで胸が高まっていくのが分かる。

彼に会うときは、いつもそうだ・・・。


マヤは、泣きはらした自分がどんな顔をしているのだろう、とふいに情けない気持ちになっていた。

こんな顔を見たくないから、彼は水城に手紙を託したに違いない。


・・・そんな真澄の気持ちを無視して、会いに来てしまった。

ただ、ただ会いたくて・・・。どうしても会いたくて・・・。


マヤの中で、真澄への思いは高まるばかりだった。




・・・真澄の方は、マヤがすぐそこまで来ていることなど知らず、

先ほど水城から報告のあった言葉を思い出し、自問自答を繰り返していた。


『社長・・・マヤちゃんに手紙は渡しました。今日は、同居人も不在のようですし、マヤちゃんは一人で

寂しい思いをしているようですわ・・・。本当に・・・そばにいてあげなくてよろしいんですの?』


真澄は、『分かった』 と曖昧な返事をしたものの、どうするべき事が最善なのか、答えを見つけられずに

時間だけを経過させてしまったのだ。


マヤが泣いているのであれば、すぐにでも飛んで行って抱きしめてあげたい気持ちはいつもある。

心から守ってあげたいと思っている。 だからこそ、結婚を決めたのであり、その気持ちに嘘はない・・・。


しかし、今はそれが彼女を苦しめることに繋がるのなら、行くべきではない。


あまりにも先日の雑誌の記事は衝撃的だった・・・。マヤと結ばれた事で目をつぶろうとしていた現実を

叩きつけられたかのようにショックであった。 愛しい人の母親の命を奪った殺人者・・・。そう書かれていても

否定できない自分がいた。


過去に、どれだけの人間を蹴落とし、自分の成功を手にしてきたことだろう・・・。あまりの自分の腹黒さと

冷酷な部分を再確認してしまい、その気持ちがマヤの元へと向かわせることができなくさせていた。



それでも・・・・マヤの泣いている姿は、リアルに目の前に浮かびあがる。


・・・マヤに・・・会いたい・・・


真澄の心の中で、その想いは抑えきれず、あふれ出していく。


・・・今すぐ・・・この腕の中で抱きしめたい・・・





結局、どっちにしてもマヤを泣かせているのは自分ではないのか?


いつまでも煮え切らない態度をし、今までどれほど苦しい思いをし、人を傷つけたことだろうか。


マヤに対してだけは素直になれると思っていたはずなのに、いつの間にか幸せを失うことが怖くなって

いたのではないだろうか?


『彼女を傷つけたくない』ではなく、『自分が傷つきたくない』と思ったのではないだろうか?


どうして今、たった一人の愛しい婚約者を一人で泣かせているのだろうか?

・・・例えどんな理由があろうとも、俺が彼女を守らなければいけないのに・・・



真澄は、ふとプロポーズしたときの言葉を思い出していた。


”どんな時も、2人一緒にいよう・・・。2人でいれば、乗り越えられると俺は思う。結婚して欲しい”


精一杯の、真澄の心の叫びだったはずだ。


彼女がどう思おうと、会いたいときに会い、この手で彼女を抱きしめていたい。

限りある人生の時間の、ほんの一秒でも一緒にいたいからこそ、結婚を決めたのだから・・・。



真澄はふいに椅子から腰を上げ、散らかっている書類もそのままに、社長室のドアを勢いよく開け放った。




ドンッ・・・!!

「わっ・・・!」

「きゃあっ・・・!」

ドアを開けたと同時に、目の前でマヤが転がるように転び、真澄の腕の中にすっぽりと入ってきた。

危うくよろけそうになった真澄は、なんとか持ちこたえ、彼女を支える。

「チビちゃん!」

「は・・・やみ・・・さん!!」

マヤは、ノックをしようとドアに近づいていた時、急にドアが開き、慌ててつまずいてしまったのだった。

「何を・・・しているんだ・・・」

自分に会いに来てくれた事くらい分かっていたのに、ついついそんな言葉を投げかけてしまう。

「あ・・・あの・・・あたし・・・」

マヤの真っ赤になった目をみれば、どれほどの涙を流したのか、手に取るように分かった。



真澄が言葉をかけようとした時、マヤは大粒の涙をこぼし、まっすぐに彼を見つめたまま、小さな声で呟いた。

「は・・・速水さんの・・・バカ・・・バカッ!!」

「・・・・。」


真澄が絶句していると、そのままマヤは泣きじゃくり、言葉を続けた。

「あたし・・・あたし今日・・・すごく楽しみにしてたんだから!!会いたかったんだから!!」

マヤは、思い余って感情的な言葉をぶつけていた。




「・・・それは・・・俺も同じだ・・・」

落ち着いて真澄が言葉を返していた。


「じゃあ、なんでですか? 隠しても分かります!手紙のことで気を遣うなんて・・・。もう、そういうのは

イヤです・・・」

「チビちゃん・・・」

「だって・・・だって、あたしたち、結婚するんでしょう・・・? なのに・・・なのに・・・・」

マヤの言いたいことはすべて言葉にはならなかったが、真澄の胸に深く突き刺さっていた。


マヤに不安を与えていたのは、他の誰でもない、自分だということに気付かされる。

マヤを失いたくないばかりに、自分のすべてをさらけ出そうとすることができなかった・・・。 


「そうだな・・・。チビちゃんの言うとおりだ。俺が・・・悪かった・・・」

真澄はそう言うと、顔を埋めたまま泣いているマヤの髪をなんどもすくいあげ、しっかりと彼女を抱きしめた。


人に対する謝り方すらも知らなかった真澄が、彼女と過ごす事で自然に覚えていった事は、数知れない。


「すまなかった・・・。ずいぶん・・・泣かせてしまったようだな・・・」

やさしい真澄の問いかけに、マヤは、コクコクと胸の中で頷き、しゃくりあげて泣き続けた。

小さな小さな彼女の体は、真澄の人生を変えた、とても大きな存在であると改めて実感する。


マヤは、ひとしきり涙を出し尽くすと、ゆっくりと顔をあげ、口を開いた。


「・・・かあさんからの・・・手紙・・・。速水さんも・・・読んでください・・・」

真澄は、少し驚いて彼女の瞳を見つめ返した。

「いいのか・・・?」

マヤは、ゆっくりと頷いた。

「ああ・・・分かった。」

真澄はそう言うと、彼女を近くのソファーへと座らせ、自分もその隣に座った。



マヤから差し出された手紙をそっと開き、真澄は唇に軽く手を当てながら、読んでいった。

その愛情溢れる内容に、思わず目を潤ませる・・・。

彼も、愛しい母親を亡くした経験があり、その悲しさは十分胸に刻まれているのだ。

「チビちゃん・・・・」

手紙を読み終え、震える瞳でマヤを見つめる彼は、とても冷血漢と噂されるような人物とは思えない

ほどに温かく、人間味が溢れていた。


「速水さん・・・母さんは、あたしを幸せにしてくれる人なら、反対しないって・・・。そう書いてあります。」

「ああ・・・」

真澄も当然、その部分には、ドキリとさせられていた。


「きっと・・・これは、母さんからの・・・・天国からの結婚祝いだと思うんです・・・」

マヤは、鼻をすすりあげ、真っ赤な目を時折こすりながら、そう呟いた。


真澄が何かを言いかけ、そっとマヤの肩に手をかけると、マヤは声を絞り出して言葉を続けた。

「速水さん・・・あたし・・・もう、これ以上大切な人を失いたくないんです。」

「・・・・。」

両手で顔を覆い隠し、消えてしまいそうな小さな声で呟くマヤ。


「だから・・・母さんが早く亡くなってしまった分だけ、速水さん・・・長生きしてくれますか?」


最後の方は、ほとんど声になっていないほどだった。

真澄は強く強く、マヤを抱きしめる。


現実的に考えれば、この手紙がこの時期に届いたのは偶然であり、今の2人を祝福して書かれたものでは

ない事くらい、2人には分かってることだ・・・。


しかし、この手紙の言葉は、母親からの結婚を承諾するメッセージだと思いたかった。


『もういいから・・・2人は十分苦しんだのだから・・・これから幸せになりなさい・・』

そう言ってくれているように感じたかった。


それが例え都合の良い解釈であっても、これ以上、この2人が償う方法は何もないのだから。

2人が幸せになる事だけが、精一杯の供養になるのだから・・・。


真澄は、マヤを強く抱きしめながら、彼女の小さな背中に、堪えきれずに1粒の涙を落としていた。

決して、マヤにだけは涙を見せないように強く強く、マヤを腕の中に閉じ込め続ける・・・。


マヤは、かすかに震える真澄の肩を見逃さなかった・・・。そして、背中で感じた雫の音も・・・。


気付かないふりをして、彼のシャツにしがみつき、タバコとコロンのほのかな香りを受け止め、瞳を閉じる。


『この人を好きになって本当によかった・・・・』


「今度の休みに・・・必ず2人で墓参りに行こうな・・・」

震えるような真澄の声が、今のマヤの心にじんわりと広がっていくのが分かった。


「うん・・・」



2人は固く抱き合いながら、一緒にいるだけで感じられる幸せを心から実感していた。




2人の休日・・・。

約束どおり、揃って墓参りへとやってきた。

雨上がりの暖かい陽気に包まれ、なんとなく言葉数も少ないままで、墓石の前に立つ。


『母さん・・・あたし、速水さんと幸せになります。 どうか見守っていてね・・・』

『マヤを、一生かけて幸せにしてみせます。必ず・・・どんな時も守ってみせます・・・』


2人揃って結婚の報告をし、紫のバラの花束を添えると、ようやく緊張感がほぐれたような気がした。


「速水さん・・・ずっと、お墓参りに来てくれていたでしょう? あたしに内緒で・・・・」

「・・・・。」

「あたしに気を遣って、紫じゃないバラを買ってたでしょ?」

マヤは、少しからかうようにそう言った。


「・・・気づいていたのか?」

「分かりますよ・・・だって、あんなにすごい花束、速水さんくらいしか買わないでしょ?」

マヤが勝ち誇ったようにそう言ったので、真澄も軽く逆襲した。


「俺だって知ってるぞ・・・。君が置いていく花は、いつも同じ商店街の花屋のシールが貼ってある・・」

「や・・・やだやだ!ウソ!?」

マヤが顔を赤らめてそう言うと、真澄はクックッと笑い出した。

「嘘だよ」

「!!!!!」

マヤは、プーっと膨れて駆け出した。


「おい・・・!走るとコケるぞ!」

「いーだ!! 速水さん、おじさんだからこんなに軽やかに走れないでしょ〜!」

マヤは、いつも通りにおどけて先に走っていった。 しんみりとしてしまわないように、わざとマヤがそう

させたのかもしれない。 いかにも彼女らしい行動だった。


真澄は少し急ぎ足で進むと、あっさりマヤの捕獲に成功した。

「つかまったな・・・もう逃げられないようにこうしておくか。」

真澄はそう言うと、ガッチリとマヤの手を握り締めた。


「やっぱり俺と来るべきだろう? これからは1人で勝手に来るなよ・・・」

「ん・・・・」

マヤが小さく頷く。


「君はドジだからな・・・。慌てて他の墓石にぶつかって破壊でもしてくれたら困るしな・・・」

「もうっ!!!速水さんはいつも一言多いんですっ!!!」

真澄がクックッと笑い続けているのを見て、マヤは思わず繋いでいる手を離そうとしたが、真澄の強い力で

しっかり掴まれ、断念した。

「もーーー!!速水さんなんて・・・速水さんなんて・・・・・」

お決まりのセリフを言おうとしてみたものの・・・あまり最後は力が入らなかった・・・。


なんとなく・・・せっかく結婚の報告をしたのに、ケンカみたいに思われたくなかったのかもしれない・・・。



「おいっ・・・空、見てみろ!!」

「え?」

真澄に促され、雨上がりのぼやけた空を見上げてみると、太陽の近くに大きな虹がかかっているのが見えた。

「すご・・・い・・・・!こんな大きな虹、あたし見たことないかも・・・」

「俺もだ・・・」

2人は手を繋いだまま、しばらく立ち尽くして虹を見上げ続けていた。


「これも・・・・空からの贈り物・・・かな?」

マヤは、真澄の顔を下から覗き込み、そう問いかけた。


「ああ・・・そうだな・・・きっと」

真澄は、マヤの手をますます強く握り返した。




遅れて届いた手紙も、今見ているこの虹も、ほんの小さな偶然・・・・。


それでも、2人の絆を深め、傷を癒してくれる、最高の贈り物のように思えた。


「次に来るときは、夫婦なんだな・・・」

真澄の言葉に少し顔を赤らめながら、マヤはコクンと頷いた。





天国の母からの小さな贈り物は、2人の心にいつまでも残る、大きな贈り物になっていた。



おわり



イラスト 桜屋 響さま






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