トラブルメーカー 1








「速水さん・・・お願い・・・起きてっ!」


…鼻にかかるような甘ったるい声が辺りに響き渡っていた。



それをぼんやりと耳にした真澄は、ゆっくりと薄目を開ける。


(…マヤの声…)


…彼の目の先には、見覚えのある真っ白な天井が目に映っていた。


(…俺のマンション…)


真澄は 少しずつ意識をハッキリとさせ、自分が眠りから覚めたのだという事を理解する。


いつも通りに二人でベッドに潜り込んだのは先ほどのような気もするが、カーテンから漏れる光は

夜が明けたことを証明するかのように輝きを放っていた。


(…朝…)



「速水さんっ・・・てばぁ・・・・ねえっ」

グイッとマヤに腕を掴まれた真澄は、ようやく彼女のほうに顔を向けることになる。


「ああ、おはよう、マヤ…」


すっきりと眠れたせいか、気分のよい目覚めであった。

まあ、愛しいマヤと共に朝を迎えられる充実感もあるのかもしれないが…。


(…ん?)


あくびをしながら そんな幸せを噛み締めていた真澄であるが、なんだか得体の知れぬ違和感を

感じ、僅かに首を傾げた。


(・・・マヤ?)



どうしてなのだろう・・・。

いつもと同じ、真澄のパジャマの上の部分を羽織っているマヤがそこにいるだけである。

何も変わりはないはずだ…。


(いや・・・何かが・・・・)



「どうしよう・・・ねえ、速水さん・・・驚かないでね。あのねっ、あたし・・・若返っちゃったみたいなの」


(・・・???)


「なんだって・・・!?!?」


真澄は寝起きということもってか、マヤの言葉の意味を理解することすらできずに、ただ息を呑んだ。











「マヤ…君は何を言っているんだ?全く朝っぱらから!・・・俺をからかっているのか?」


真澄が僅かにクセのついた前髪をかきあげながら溜息混じりにそう問いかけると、マヤは今にも

泣き出しそうな顔つきで下を向いてしまった。


「ホントなの・・・・実は・・・コレ・・・・」

マヤは真澄の顔色をチラチラと窺いながら、背後に回していた手をスッと差し出してきた。


彼女の手の中にあるもの…。

それは、小さな緑色の小瓶だった。

ごくありふれた花のようなデザインをしている…。 どうやら中身は何も入っていないようだ。


「・・・なんだ?それは一体・・・?」

真澄は呆れながらもマヤを問いただすような口調で言葉をかける。


「あのね・・・怒らないで聞いてね。コレ・・・キッドスタジオの近くのインド系の雑貨屋さんで昨日、

手に入れたの…可愛い瓶だったし。それにね…”若返りできるエキス入り”って書いてあって、

それで…おもしろそうだから、冗談のつもりで…その…」

マヤは途切れ途切れの言葉をどうにか繋いでいる状態だ。


「…冗談とはいえ、どうして君がそんなものを買う必要があるんだ?」

ますます強い口調になる真澄。


「うん・・・あの・・・速水さん、この間、”戻れるものなら20代に戻りたい”って言っていたでしょ?

だからコレ、もしも効果があれば喜んでもらえると思って・・・」


「・・・なんっっ…・おいおい、そんなこと、本気で思っていたのか?」


「ごめんなさい・・・。きっと効果なんてないと思ったけど、試しに飲んでみたの。昨日の夜。だけど

全然変わらないし、やっぱりなぁって。・・・けど、起きたら体がヘンで・・・」

マヤはそこまで一気に言葉を並べ立てると、怯えたようにベットの上で縮こまってしまった。


「・・・・・・」


説明を受けるなり、まるで信用しない目つきをしながらも、改めてマヤの体に視線を送る真澄。


彼女が言っている話など、どう考えてもあり得ないような内容である。

しかし…

自分の感じていた違和感、そしてここにいるマヤの体つきを見るとそれは納得せざるを得ない状況

のようにも思えてくる。

もともと童顔のマヤは若くは見られるのであるが、今 目の前にいる彼女はまさに中・高生ほどに

しか見えない。 どことなくゴツゴツと子供っぽい体つき・・・肩や胸元のラインはとても20歳を超え

た女性とは思えぬ雰囲気を醸し出しているのだ。


(本当……なのか?全く…なんてことだ…)


真澄は鋭い視線を外すと肩で息をついた。



「どうにか事情は分かったよ…」


「速水さん…」


「しかし、どうして君はそう勝手に危ないことを平気でするんだ?中身だって、もっととんでもない薬

だったらどうする気だったんだ!?」


「ごめんなさい…」


マヤは ますます肩を落とし、涙ぐみながら真澄をチラリと見上げていた。



「一体、どうする気だ……?」

真澄は思わず冷たい言葉を投げかけてしまったものの、そこにいる不安そうなマヤの表情に気付くと

静かに手を差し伸べ、いつも通りに彼女を抱き寄せた。


…が、しかし… 


(マヤ……!)


自分の胸の中に納まったマヤの体はいつもの抱き心地とは全く違っていた。

真澄は心臓をドキリと鳴らし、戸惑いという感覚が呼び起こされていることに気付く。


まだ少女だった時のマヤが記憶の底から飛び出してきたのだ…。

出逢ったばかりの頃の彼女がここにいるような錯覚を起こしてしまう…。



「どうしよう・・・・・・」

マヤの声が弱々しく耳元に届くと、真澄はハッと息を呑んだ。


「速水さん…」


「どうしようも何も・・・とりあえず今日はオフだろう?不幸中の幸いだ。どうにかしてその雑貨屋に

向かって対処法を聞いてくるさ…」


「でも…」


「大丈夫だ。どうにかなる…」


真澄はマヤが不安にならないよう、強く言い放った。


「うん・・・・」


「しかし、君は今日はこのマンションからは出るなよ。何が起こるか分からないし、ヘタに世間に騒が

れても大変なことになる。いいな?」


「うん・・・わかった・・・」


真澄は、いつになく素直なマヤの頭を軽く撫でてやった。


実際には、本当に解決法があるのかどうか見当もつかないところであるが…。

心の中で溜息を連続させつつも、落ち込んでいる彼女の前ではとにかく冷静を装うしかない。



真澄は身支度を整えると、後ろ髪を惹かれるような思いで大都芸能へと向かうことにした。










――大都芸能社長室――





(それにしても、本当に次々と問題を起こしてくれる…)


真澄は椅子に深くもたれたまま、浮かない顔つきで書類を手に取っていた。


…まだ出社したばかりだというのに、置き去りにしてきたマヤのことが心配でたまらなかった。

もう何度 腕時計を確認したのか分からない。


そもそも、付き合いだしてからというもの、彼女は全く予想すらできない事をやらかす為、時には

驚かされ、時には寿命を縮められるような思いをさせられる日々が続いているのだ。


しかし、それをどこか楽しんでいる自分を認めざるをえないのも悔しいところだった。これほど心配を

かけっぱなしの彼女に安心感を与えられていることは紛れもない事実…。


真澄は苦笑しながら長く綺麗な指先を唇に押し当て、書類を目で追う。



「あら、朝からお疲れのようですが・・・どうかなさいましたか?」

するどい視線で水城がコーヒーカップを差し出してきたため、真澄はハッと我に返った。


「ああ、いや、なんでもない…ありがとう」

真澄は何かと二人の関係に首を突っ込もうとする有能秘書に口を滑らせそうにもなり、軽く咳払いを

しながらコーヒーを受け取った。


いくらなんでも”マヤの体が若返って高校生のようになってしまった”などとは言えないであろう。

マヤを引き合わせれば納得してもらえるかもしれないが、それは本当に最後の手段として彼女の

知恵を借りる段階でも遅くはない…。


「まあ、あまりお仕事に差し支えのない程度に問題を解決してくださいませ…」


「分かっている」




真澄は水城が部屋を後にし扉が閉まるのを確認すると、今度は大きく伸びをして息を吐き出した。


(聖からの連絡はまだか…)


真澄は おもむろに携帯電話を内ポケットから取り出していた。

ひとまず聖にだけは事情を説明し、例の雑貨屋について調査の依頼をしておいたのだ。


しかし、気持ちだけが焦り始めている自分がいる。

まだこんなに早い時間に問題解決を期待する方が間違っている。

それは分かっているものの、こういう事に関しては気が短く、苛立ちを加速させてしまう自分に対し

余計に腹を立ててしまうのが厄介なところだ。


…真澄は今度はシガレットケースをデスクの上から取り寄せた。

そして、タバコを一本つまみ上げようとした瞬間、携帯の液晶画面が光を放ったことに気付くと彼は

すぐさま通話ボタンに指をかけた。



「俺だ…」


「わたくしでございます。真澄様…」


「聖…すまなかったな。先ほど頼んだ件についてだな…。 どうだ・・・?何か分かったか?」

真澄は窓際までゆっくりと足を運び、気付くと言葉を捲くし立てていた。


「それが・・・申し訳ございませんが、雑貨屋そのものが本日は定休日のようでして。 近くの店や

住人も、営業している人物の住所や連絡先を存じていないようです。時間をいただければお調べ

できますが、場合によっては明日の営業を待った方が早いかもしれません。全力は尽くしますが…」


「なんだって!!?」


「申し訳ございません…」


力ない聖の声を耳にした真澄は、空いている方の手のひらで額を押さえて肩で息をつく。


「…そうか…それでは仕方がないな。まあ、それまでに解決できるかもしれんし、とりあえずできる

だけ調べてもらいたい。頼む…」


「はい。お役に立てず本当に申し訳ありません…また連絡いたします」



真澄は携帯をオフにすると、唇を噛み締めながら首を振った。


(なんてことだ!!)


そして、次なる手立てを考えるべく、デスクにある書類からマヤのスケジュールの記された紙を引っ

張り出し、目を通していく。



(こっちはどうにかなるか…)


…現在のマヤの仕事は舞台稽古をメインにしている為、体調不良とでも言って休ませることは可能

なようだった。もちろん、どうにか大人びたメイクと服装で今回の事態を切り抜けることも最悪のパタ

ーンとしては有効だ。


しかし…


そこまで一気に思考を繋げると、今度こそタバコを口にくわえ、ライターを手にしていた。

…そしてタバコから揺らめく煙をぼんやりと視界に入れる真澄。


(一体、何を俺は苛立っているんだ…)


彼はゆっくりと息をつくようにして煙を吐き出し、目を閉じた。


よくよく考えてみれば、それほどたいしたことのない事態なのではないか?と、心の中の冷静な

自分が囁いている。 多少の違和感はあろうとも、たかが5〜6歳若返ったくらいでマヤに変わりは

ない。周囲には痩せたとでも告げておけば怪しまれることもないはずだ…。


「……」


真澄はタバコの灰をトレイに落とす為デスクに向かって足を進め、苛立ちの原因を探り出そうと思考を

繰り返す。


そして…

その答えは…意外にもあっさりと見つかっていた。


――自分は更に広がってしまった彼女との年齢差を気にしているのだ――


と…。



それでなくともマヤは若く見られる。 喧嘩になれば必ず彼女に「おじさんっ」だの「頭が固い世代」

などと言われ、半ば本気でカチンとなることも多々あった。

それなのに・・・さらにマヤが若返ってしまった今、二人の年齢差は、もはや11歳どころではない。


(それにもしも、あの薬の影響でホルモンバランスが崩れ、あのままの年齢で止まってしまうなんて

ことがあったら…)


「………」


その先の思考はとても考える気が起こらず、目を伏せて”あり得ない”と自分に言い聞かせていく。


(…いや、待てよ…)


真澄は暗い発想を突き進みそうになっていたが、突然、ハッと顔を上げた。

そして、こんな状況にも関わらず、不謹慎な妄想がどこからともなく湧き出してしまう。


マヤのあの体つき・・・。

中学生だか高校生になりたてのような、女性としてまだ未発達のような体つきをしていた・・・。

あの体がゆっくりと大人の女性に変わる姿を見ていくことができるのだとしたら・・・。

真澄は自分が思いついてしまった発想に、思わず口元に手を当ててしまう。


(…それも悪くないぞ…)


心の底から男の欲望が顔を出していた。


しかし、今朝小さく震えながら彼にしがみついたマヤの初々しい体つきをリアルに思い出した彼は

すべての思考を振り払うかのようにブンブンと首を振る。


「いかん!俺は何を考えているんだ!!」

タバコを勢い良くもみ消し、一気にコーヒーを胃に流し込むと、ようやく冷静な感情を取り戻す真澄。


そうだ…もしそれが許されない事なのだとしたら、彼女が再び大人に戻るまで待たなくてはならないと

いうことになる。マヤの事だから、” ちゃんとした体に戻るまではエッチはできません!”などと言って

くる可能性だってある…。


「・・・・・」


(困る!!それだけは困る…)

真澄は再びタバコ咥えて火をつけようとしていたが・・・直前で手を止めた。


彼の脳裏には、昨夜、いつものように彼女と一つになって愛し合った記憶が蘇っていた。

日を重ねるごとに愛し方を覚え、求める悦びと求められる悦び、そして与えられる悦びを知ったマヤ。

恥ずかしそうにされるがままになっていた頃とは違い、積極的に腕を絡ませ、真澄の腰を引き寄せ、

上目遣いで誘いをかけるマヤ・・・。その瞳に溺れ、もっと彼女を感じさせてやりたくて、溶け合うよう

にして体を合わせる瞬間・・・。

とても言葉にできぬ快楽であり・・・。


それができなくなるなど、真澄には耐えられない事実であった。




(一刻も早く元に戻ってもらわないと困る…)




真澄はあれこれと妄想を繰り返したものの、結局、その結論に達し、頭を抱えてしまった。









*2通りの完結があります。地下に続くような展開を好まれる方は地下室に向かってください*






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