年下 4

〜written by ひいらぎ〜









「こいつらのことか?」


警備員の方へ否応もなく突き出されると、警備員は近寄ってきて、俺たちの顔を見た。


「そうです、この子達です、こらっ!! お前達、トイレじゃなかったのか?」


「すいません、俺達、北島マヤさんの大ファンで、ここで練習してるって聞いて、どうしても見たくて、それ

で・・・ごめんなさいっ!!」

聖が、そういって頭を下げたので、俺も慌てて後に続く。


「ほぉ〜、北島のファンだと? お前ら小、いや、中学生か? 学校は」


「小学生です。今日は日曜日だから休みですっ!」


「いや、どこのって聞こうとしたんだよ、人の話は最後まで聞け。それよりおまえら、観劇に行ったりする

のか?」


黒沼氏が俺の方を見た。う、うまく答えねば!


「は、母が、大ファンで、一緒に連れて行かれるんです、っていうか、初めはそうだったんだけど、今は、

連れってってもらってるというか・・・。」

母だと?・・・こんな時に咄嗟に亡き母親をダシに使う自分に驚く。


「ふ〜ん。何を見たんだ?」


「最初は、『二人の王女』、それから、『忘れられた荒野』、あれ、すっごく面白かったです。」


「お前は?」


「俺は、こいつに誘われて、忘れられた荒野だけ。ノーマルのと、コメディーのと二つ見ました。」

聖も、さもあったことのようにしれっと答える。


黒沼氏は、

「おーい、ちょっと休憩だ。」

と大きな声で叫ぶと、側にあった椅子にどっかりと腰を据え、本格的にいろいろ聞いてきた。


俺と、聖はボロが出ないように必死で答えた(必死なのは俺だけだったかも知れない、聖はこういう事に

慣れているのだろう、涼しい顔をしていやがる)・・・。


「変なガキ共だな、何を聞いてもそつなく答えやがる。こいつらが今の紅天女を見たらどんな感想を持つ

のかちょいと聞いてみてー気もするが、こっちも一般のお客に未完成なモン見せる程落ちぶれちゃいな

いもんでね、悪いが出てって貰わにゃならんな。」


ああ、せっかくの努力が水の泡だ、と思っていたら、黒沼氏の言葉には続きがあった。


「だが、北島見たさの行動力は小学生にしてはなかなかのもんだな。、お〜い北島ちょっとこっち、おっ、

そこにいたのか、お前さんのファンだとさ。ちょっとこいつらとその辺で気分転換してこいや。」


(な、何だって! 願ったり叶ったりじゃないか、いいぞ〜!! し、しかし、マヤの練習風景を何も

見てないぞ。弱ったな・・・。)


予想もしなかった早い展開に驚いているうちに、目の前には俺たちに興味津々といった面持ちのマヤ

が立っていた。

さっきまで今にも泣き出しそうな顔をしていたのに、今はすっかり優しく微笑んで。

普通に立っていて目線がほぼ同じということが、不思議で新鮮な感じだ。いつもは見下ろしているばか

りだから。


「あの、初めまして、北島です。えっと、舞台見て頂いたみたいで、ありがとうございます。」


(子ども相手にもこんな恥ずかしそうに挨拶するのか・・・。)


なんだかおかしくて笑ってしまいそうだったが、ここは大芝居打たなきゃいけない。

俺は、咄嗟にマヤの手を両手で取るとブンブン振りながら言った。


「初めまして。俺、いや僕、は、藤村真澄といいます。こんなに近くでお会いできるなんて感激です!」


そんな俺をマヤの正面から押しのけて、聖ももう一方の手を取って同じようにした。

マヤは両手を握られたままびっくりして大きな目をさらに大きくしたが、

「あ、ありがとうね、うふっ、なんだか照れちゃうな〜。」

とニッコリ笑い返してくれた。


(ああ、なんて可愛いんだっ!! どさくさに紛れて抱きしめたいっ!!)


そんな欲求をかろうじて抑えていると、


「ほれ、そのまんまお手々繋いで気分転換に行ってこい。精神年齢はほとんど変わらんだろ、おっ、

背丈もほとんど変わらんようじゃないか、はっはっはっ!!」


(相変わらずズケズケと思ったことを口にするなぁ、黒沼氏は。あれだけ言ってもマヤに嫌われないん

だからいいよな・・・。)


つい、そんなことを思ってしまう。


「もうっ、先生ったら!背丈はともかく、精神年齢まで小学生と一緒って事はないと思いますけどっ?!」

マヤは負けじと言い返していたが、それもつかの間、次の黒沼氏の返し言葉で一気に顔が曇った。


「変わらん、変わらん、恋の演技にとまどってるうちは、そいつらと同じだよ。」

「ほれ、すぐそうやって顔に出す。気持ちは判らんでもないが、それをお前さんに乗り越えて

貰わんことにゃ、話が進まんのだ。なんとかしろ。」


「・・・・はい。」

すっかり元の沈んだマヤに戻ってしまった。


恋の演技? どういう事だ?

俺は早速思考を巡らせたが、その間にも、マヤを含めて稽古場から外へ追い出された。
















スタジオの入口脇にあった喫煙&休憩コーナーまで来ると、俺たち三人は誰ともなしに立ち止まった。


「なんか、飲もうか。ねえ、何がいい?」

とマヤが聞いてくる。


「ああ、俺が払うよ・・(あ、しまった!!)。」


咄嗟のことに、いつものように言ってしまい、(やばいっ、小学生の分際で偉そうだったか?)、と思った

がそんなことはお構いなしに、


「いいからいいから。チビだけど、これでも一応あたしの方が大人なんだから。貧乏芸人だけど、自販機

のジュースぐらいならおごってあげられるって・・・。」

などと言いながら、小銭入れに指をつっこんで必要な分を数えながら拾い上げている。


「す、すいません、じゃあ、コー・・ラがいいです。」

コーヒーをブラックで・・・とまたまた小学生らしくないことを言いかける自分に(気をつけろ!!)と心の

中で怒鳴りつけながら、しかしコーラなんて・・・すさまじく甘ったるい物を頼んでしまった。

本当はジュースよりタバコが吸いたかったが、まさかこの格好で吸うわけにもいかないし。

聖は・・・ジンジャーエールか。冷静な奴め・・・。


順番にマヤから紙コップを受け取り、御礼を言った。

マヤは・・・レモンスカッシュか・・・俺もそれにすればよかった。


受け取ったジュースを飲むでもなく、ただ、突っ立ったまま動けなくなってしまった。

ガラにもなく緊張して何を話したらいいのか判らない。何か、アドバイスをと思っていたが、舞台稽古の

様子も全く見ていないし。

小学生の俺は一体何をどう話せばいいんだろう。


「あの・・・」

と、いつもマヤにそうするように斜め下を向いて話しかけたら、

「なあに?」

と上から声が降ってきた。


・・・ああ、そうか、普段マヤを見下ろして話しかけているから、つい癖が出た。

慌てて顔を上げると、ほぼ正面に少し首を傾けて優しい笑顔で俺を見つめるマヤの顔があった。


鼓動が早くなる・・・。


「身長・・・僕たちと同じぐらいなんだ(しまった、ついまたこんな事・・・)。」


「それって、あなたもあたしが小学生並みって言いたいわけ?」

マヤが少しおどけたようにプクッと頬を膨らませると、

「そうじゃなくて、舞台の上で演じているときはもっと大きく見えるって事だよな?」

聖がすかさずフォローする。


「うふふ、気を遣ってくれなくてもいいの、背が低いのはどうしようもないもん。幾つになってもあたしの

こと『ちびちゃん』って呼ぶ人もいるしね。」マヤはそういいながら、自嘲気味に笑うと寂しそうに下を向

いた。。


(何を話せばいいんだ、何か他の話題を・・・)


そう思って口をついた質問は、マヤをより一層追いつめてしまったようだった。



「『紅天女』のお稽古は大変ですか?」


「・・・・ええ。」

かろうじてマヤはそう答えただけだった。


(あ〜っ、何聞いてるんだ俺は?! マヤを応援したくて来たんじゃなかったのか?だが、マヤは何に

行き詰まっているんだ? さっき黒沼氏が恋の演技がどうのこうの言ってたな・・・。)


「さっき、監督さんが言ってた、恋の演技に戸惑ってるって?」

こんな事、小学生が聞いていいのかと思ったが、上手い言葉が見つからなくて、さらに聞いてしまった。

聞かずにいられなくて・・・。


「うん・・・。あたし、演劇一筋で、恋ってあんまり経験なくって。」


(里美・・ぐらいだったな? 桜小路は問題外だな。)


「でも・・・これでも一応好きな人ぐらいはいるのよ。」


(な、なにっ!!)


恋の経験があまりない、と言う発言に安心したのもつかの間、『好きな人ぐらいいる』という爆弾発言

に、瞬間俺の体中の血は逆流したかと感じた。

奥歯を痛いほどギリギリと噛みしめ、爪が掌にめり込むかと思うほど強く拳を握っていた。


(誰なんだ、そんな幸せなヤツは!!)


だが、それ以上に心配なのは、マヤがあまりに悲しそうな顔をしていることだった。

次にかけるべき言葉を必死に探している間にも、目の前にいるマヤはうつむき加減で表情はどんどん

と陰り、大きな瞳はこらえてはいるものの涙で潤みはじめているようだった。

想う人に心を馳せているのか、虚ろで遠い目をしていた。目の前に俺たちがいることを忘れかけている

ようにさえ見える。



重い沈黙が流れた。


「それって・・・」

『誰?』と聞いてしまいたい思いと、聞きたくない思いとが交錯して結局声にならず、だが、その問い

かけに反応したマヤはポツリポツリと話し出した。










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