CLOVER
〜想いを風に乗せて〜A
ポンポンッ
・・・マヤの肩に、突然、軽い衝撃が走っていた・・・。
――ドキンッ――
(誰っっっ????)
「あ・・・・・!!」
「やあ♪マヤちゃん♪」
・・・そこには、照れくさそうな笑みを浮かべた桜小路の姿があった・・・。
「桜小路くん・・・!もう帰ったのかと思ってた・・・」
マヤは驚いたような言葉に出しながら、バッグを抱えなおす。
稽古が解散になり、多くのみんなはとっくにキッドスタジオを出て行ったはずなのだ。
「・・・遅かったね・・・ずっとここで待ってたんだ。なのに、ぼんやりと出てきて僕の姿にも気づかないし・・・」
桜小路は風で前髪を揺らし、太い眉毛を寄せながら寂しげな瞳でマヤを見つめ、ため息をこぼす。
彼は俳優なので、これくらいの切ない雰囲気を作るのは簡単な事なのだ。
(ボクがどれだけラヴラヴ★ビームを送っていたと思うんだい?まったく・・・・)
「・・・ご、ごめんね・・・ちょっと考え事してて」
(・・・あ〜あ・・・ひょっとして速水さんかナ・・・なんて期待したのに・・・桜小路くんかァ・・・)
その場を取り繕うようにしながら言葉を返し、失礼な発想でため息をつくマヤ。
実際、稽古中にも何度もぼんやりと意識を飛ばしてしまっていた上に、目の前の桜小路の存在を無視
しまくり、真澄のことばかり考えていたというのも事実だった。
しかし、そんな彼女の胸の内を全く知らぬ、哀れな桜小路は静かに拳を握り締める。
(マヤちゃん・・・上手く演技ができずに悩んでいるんだネ・・・!ボクが慰めてあげるよ・・・)
「・・・ねえマヤちゃん!・・・実は、ちょっといいものがあるんだ★」
彼はまるで獲物を狙っているかのように目をキラキラと輝かせ、まっすぐにマヤの瞳を見つめていた。
「・・・・いいもの・・・?なあに?一体・・・?」
「いいから、ちょっとこっちに来て!」
「わっ・・・!」
桜小路は強引にマヤの手を取り、足を進めていく。
(桜小路・・・くん?)
・・・マヤの手を強く掴み、ぐんぐんとビルの横をすり抜ける桜小路。
草むらを掻き分け、木々を避けながら、ひたすらただ突き進んでいく・・・。
(やだ・・・どこに行くのかしら???)
マヤは首を傾げ、彼の強引さをちょっと迷惑に思いつつも、とりあえず後についていくことにした・・・。
桜小路はキッドスタジオのすぐ横の薄暗い路地の手前で足を止めていた。
そこは、抜け道にもならない、行き止まりの小さな空き地のような場所だった・・・。
(こんなところがあったんだあ・・・)
マヤはキョロキョロと辺りを見回しながら息をついた。
「ほら、そこに大きな石があるの、見えるかい?」
桜小路は汗を拭いながら、すぐ先にある大きな灰色の石に向かい、スッと指を差し出して笑顔を作る。
――実は、桜小路は先ほど、ここで四つ葉のクローバーを発見していた。そして、それを手にしたい気持ちを
必死で堪え、マヤをここまで連れて来ていたのだ――
四つ葉は、彼の指差した先にある大きな石のすぐ隣で揺れている。
彼女が見つけるのは時間の問題であろう・・・。
(マヤちゃん・・・きっと驚くぞ・・・♪そしてボクは君にプレゼントするんだ♪この薄暗い場所なら、なんだか
ムードもいいしね・・・アハン・・・)
・・・ところがマヤは、
(あの石が何なのかしら・・・・)
と、首を捻るばかりで、その四つ葉の存在には全く気づいていなかった。
すぐ脇には、雑草がところどころに生えているのも見えていたが、マヤには、それが何を表しているのか、
全く分からないのだ。
(ふつうの石・・・よねえ・・・?まさか木彫りに飽きたから、今度は石を彫って仏像作りでも・・・?)
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人の間に、なんだか冷たい空気が流れていく。
(マヤちゃん・・・まさか・・・まだ気づいていないの・・・かい・・・・?)
「あのお・・・桜小路くん・・・???」
「ほら、よーく見てごらんよ!その石の隣だよ!!葉っぱが伸びているだろう?一番長い、あの葉だよ!」
・・・あまりにも気づいてもらえない為、ようやく諦めた桜小路は、早口で捲し立てることになってしまった。
「葉っぱ?」
彼の言葉に、ハッとしながら少し視線をずらし、言われたとおりの葉を捜すマヤ。
(えーと、長い葉っぱ・・・あ、あれね。・・・あれは、クローバーかしら・・・?・・・んっ!あれっ!???)
・・・・マヤは、その葉が4枚ついていることにようやく気づいた。
「・・・よ、四つ葉!!」
視線の先には、あの幸福のアイテムである四つ葉のクローバーの姿が映し出されていた。
それはまるで、もともと4枚の葉が当たり前であるかと思えるほど違和感がなく、バランスよく並び、風に
揺られている。
ようやく彼女が気づいてくれて、桜小路はホッと胸を撫で下ろすなり、口を開く。
「・・・そう、四つ葉のクローバー!さっきマヤちゃんが出てくるのを待っているとき、猫がいてさ。相手をして
いる時に偶然見つけたんだ!なんだかいいことありそうで嬉しくなっちゃったよ♪」
・・・さりげなく、”猫と遊ぶ清らかな心を持った少年”をアピールすることも忘れない。 やはり、動物を大事に
するという行動はポイントが高そうだと思われるからだ。
「すごーーい!あたし、小さい頃探しても見つけられたことは一度もないのに・・・」
(フフ・・・予想通りの展開だっ♪)
桜小路は満足そうにニンマリと口元を緩めていた。
・・・そして四つ葉のクローバーの茎に手を出した彼は プツンと音を立ててそれをちぎり取り、鼻を鳴らして
ポーズをつける。
「・・・幸せってさあ・・・きっとこんなふうに、何気ない日常の中に隠れているものなのかもしれないよね。そう
思わない?マヤちゃん?」
ポエマーのように自分に酔いしれながら熱いビームをマヤに送る桜小路。
(君にとっての四つ葉のクローバーは僕なんだよ・・・マヤちゃん!早くそれに気づいて欲しいナ・・・)
「そう・・・なのかも・・・ね・・・」
ところがマヤはハッとしたかのように、四つ葉を見つめながら寂しい顔つきをする・・・。
(幸せ・・・あたしの幸せって・・・?分からない・・・分からないわ!)
・・・残念ながら、桜小路の熱い想いはマヤには全く届いていないのが現実なのだ・・・。
「マヤちゃん・・・ボク・・・・」
桜小路は急に真面目な顔つきになると、体をマヤの方に向かってじりじりと移動し始めていた。
人気のない空間は、彼の行動を大胆にさせているのであろうか・・・。
(ああ、マヤちゃん!!ボクの天使!いや・・・ボクだけの阿古夜!!!)
「・・・桜小路・・・くん・・・・?」
・・・・・・と、その時だった・・・・・・
「こんな所で何をしている!!!!!!!」
低くて重みのある、強い口調が響き渡り、二人はギクリと飛び上がってしまう。
(この声は・・・!!!)
マヤの心臓は瞬時に高鳴り始めていた。
「速水さん!」
「速水社長!」
二人は同時に声をあげ、木の脇から出現した速水真澄に視線を向けていた。
「やあ・・・久しぶりだな・・・・チビちゃん・・・」
桜小路の存在を全く無視し、マヤに言葉を投げかける真澄がそこにいた。
しかし、クールに声をかけたつもりでも、その緩やかな髪や肩には落ち葉が無造作に絡みつき、まるで
ホームパーティーでクラッカーまみれになったかのような情けない姿であった。しかも、ゼーハーゼーハーと
僅かな息切れが空間を漂い続けるのが年を感じさせ、痛々しくも感じる・・・。
「速水さん!!・・・どうしたんですか・・・あの・・・・何か用事でも・・・?」
マヤはドキドキとした感情を抑える為に冷たい言葉を投げかけてしまっていた。
・・・あれほど会いたくてたまらなかった彼が目の前にいるというのに!
ハッと口をつぐむマヤ・・・。
(あ、あたしってば、なんでこんな言葉ばっかり・・・)
「・・・ちょっと稽古の進み具合を見に来ただけだ・・・」
真澄は静かな口調でそう告げていた。
(マヤ・・・相変わらず俺には冷たいんだな・・・。まあ、君に嫌われていることは100も承知だが・・・)
・・・今日は、ついついマヤを一目見たいが為に、定時ダッシュでここを訪れたのだった。
しかし、車を降りた瞬間、桜小路がマヤを裏路地に連れ込もうとしている場面に遭遇し、慌てて後を追いかけ
てきたのである。
真澄は自分に絡みつく木の葉や、猫じゃらしの草を静かに払い落とし、軽く息を吐き出す。
(なんてザマだ!速水真澄!この俺ともあろうものが・・・!!)
・・・全くである。
そして桜小路は・・・顔ではニコニコしつつも、心の中では強く舌打ちをしていた。
(ちぇっ・・・いい雰囲気だったのに!!)
・・・そう思っているのは彼の方だけだと思うが・・・。
(それにしても、速水社長がマヤちゃんに構いすぎる事、前から気になって仕方がないんだよなあ・・・。まさか
特別な感情なんてあるわけないだろうけどサ・・・・)
彼はジロジロと真澄に視線を放ち、まるで二人の間に入り込むようにして言葉を出すことにした。
「稽古の方は、どうにか順調ですよ・・・。今日は休んでいる人が多くて・・・早めに稽古が終わったんです」
真澄はシッシッと桜小路を追い払いたい気持ちを抑え、どうにか言葉を繋げることにした。
「ほう・・・そうか・・・それは結構だ・・・」
(サクラコーーーーージ!!お前には何も聞いてなーーーーいっっっ!・・・・この若造め!)
まるで赤目慶のようなオッサン臭い言葉を心で叫ぶ真澄。
(む・・・・!!!)
(むむむ・・・・!!!!!)
視線を合わせるなり、バチバチと火花を散らしあう二人。
彼らがいれば、夏の花火はなくとも充分に堪能できそうである。
・・・ふと、桜小路が手にしている四つ葉のクローバーがひらりと風になびき、真澄の視線を奪っていた。
「何を持っているんだ・・・?」
すると桜小路は、ちょっと自慢げに鼻にかけて言葉を返した。
「ああこれ、四葉のクローバーなんです。まあ・・・速水社長には興味のないようなことかもしれませんが、
僕たちのような庶民には、見つけると嬉しいアイテムだったりするんですよ。・・・ね、マヤちゃん!」
「え、ああ・・・うん。そう・・・ね・・・・。速水さんは・・・素敵な婚約者もいらっしゃって身分もあたしなんかとは
全く違うし・・・。価値観だって・・・・」
マヤは悲観的になりながら、ちょっとトンチンカンな言葉を並べ、泣きそうになる。
(嫌だわ・・・こんなこと、言いたくないのに!!)
一方、桜小路とマヤがまるで自分を追いやるようなセリフを投げかけてくるので、真澄は深い苛立ちを感じ
ながら立ち尽くしていた。
(な、なんだよ・・・二人して俺を除け者にしやがって!俺は幸せなんかじゃない!政略結婚が目の前に迫り、
好きでもない女を妻にしなけりゃならんのだから・・・)
忘れてしまいたい現実を よりによって大嫌いな桜小路、そして誰よりも愛しく思っているマヤの口から突き
付けられてしまったという事は、非常に気分が悪いものであった。
本当の自分は、”イヤだイヤだ!俺はもう、何もかもがイヤなんだーーー!!”などと叫んで無人島に逃亡
したいくらいであるというのに・・・。
「・・・・・・」
真澄は泣き言を言いたくなるのをどうにか我慢し、軽くうなだれながら唇を噛み締める・・・。
(ちくしょう!!)
・・・が・・・
「ねえ、マヤちゃん・・・この四つ葉のクローバー、君にプレゼントするよ♪」
まるで隙を突いたかのようにして彼女に向かって勢い良く四つ葉を差し出す桜小路が目に飛び込み、ハッと
した真澄は顔を上げた。
(ナニィッッッ!!!!!!?)
「え?で、でも・・・珍しいのよ・・・ね・・・?せっかく桜小路君が見つけたのに・・・」
「僕はいいんだ・・・僕は・・・マヤちゃんに良い事でも起きてくれたほうが嬉しいんだから♪」
(フフフ・・・決まったゼ!!!なんてカッコイイんだ!)
桜小路はさらに頬を赤らめ、差し出していないほうの手を頭の後ろにやりながら照れまくっている。
(マヤーーッ!そんなモン、受け取る必要はないっ!!さあ、いらないと言うんだ!!)
(マヤちゃん♪受け取ってくれるよね♪♪)
・・・男達の熱い視線が注がれる中、マヤは戸惑いながらも口を開いた。
「あ・・・ありがとう・・・嬉しい・・・・大切にするね・・・」
次の瞬間、彼女は小さな手のひらを出し・・・桜小路の差し出した四つ葉を受け取ったのだった・・・。
(な、なっなっ!!なんということだ!!!)
爆発しそうなほどに激しい怒りが沸き起こる真澄。
彼の周りだけ、確実に気温は50度を超えていることに間違いなかった・・・。記録的な猛暑も太刀打ちできぬ
温度である。
――”ありがとう”――”嬉しい”――”大切にするね”――
マヤが口元を緩ませながら四つ葉を受け取っている姿は、真澄の瞳の中で最大限にズームアップされ、
脳裏をぐるぐると回っていく・・・。
(お、俺なんて!俺なんて!どれだけ高級な紫のバラを山ほど買ったって直接手渡すことができずにいると
いうのに!それなのに・・・それなのに桜小路!テメーは、たかがこんな雑草一本でマヤの笑顔をゲットできる
なんて!!)
どう考えても自業自得のクセに自分の行いを棚にあげ、桜小路に怒りの矛先を向けてしまうのは何故なのか。
しかし、もはや彼の怒りは止まらない。
(四つ葉だからか?そんなに四つ葉がすごいのか?珍しいというのか?見つけたのがすごいのか?偉いと
でも言うのか?・・・俺なんてなァ・・・俺が一声かければ、”四つ葉のクローバー大捜索隊”なんてモノも一日
で結成できるんだ!なんなら、四つ葉どころか六つ葉だろうか七つ葉だって見つけてやろうじゃないか!!)
バカな発想を巡らせ、拳を握り締めながら鼻息を荒くする真澄・・・。
(そうさ!金はいくらかかっても構わん!研究さえ重ねれば、100つ葉なんてモノも可能なんだよっ!!!)
もはや、それでは不気味な植物でしかない・・・。
幸運をもたらすどころか、悪霊でも取り付いていそうな気配である。
とにかく、負けず嫌いの真澄は興奮気味に手を震わせ、白目になりながらもマヤの手元にある四つ葉を睨み
続けていた。
(速水社長!あんなに悔しそうな顔をしている!!!ほーらやっぱり、マヤちゃんの事、やっぱりお気に入り
なんじゃないか!婚約者もいるくせに!!マヤちゃんはボクが守るんだ!!)
桜小路は鋭く真澄の殺気を感知し、そんな事を思う。
そしてマヤも、ただならぬ真澄の雰囲気を不審に思い始めていた。
(やだわ・・・速水さん・・・あんな険しい顔して。もしかして、この四つ葉のクローバーが欲しいのかしら・・・?)
・・・噛み合わない3人の思考。しかし、この収集のつかない事態に、また新たな人物が殴りこみをかけた。
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