〜written by あお〜
バランスよく葉が付いているアンティーク調のネックレスだった。バラの花のペンダントトップは いくつか色違いがあり、中には紫色もあった。
マヤの様子に気が付いた真澄が言う。 すぐに店員を呼ぼうとする真澄をマヤは慌てて制止する。 「あ・・・いいのっ!欲しくないです!いりません!!」
取ったマヤが 「あの、ほら、これに似合いそうな服もないし、それに、あたしってすぐに物をなくしちゃうでしょ。 だからもったいないです」 と慌てて言った。 真澄は納得のいかない様子だったが、マヤが時計を指して、舞台が始まっちゃいますと急かすと、 それ以上問い詰めることもしなかった。
客はすでに立ち上がり出口へと急いでいる。
真澄は隣に座っているマヤに話しかける。何の返事もないので不思議に思ってマヤの様子を伺う と、彼女は放心したように幕の下りた舞台を見つめていた。 物語の結末でヒロインは、探し続けていた婚約者が他の女性と結婚し、すでにこの世を去っていた ことを知り墓の前で別れを告げた。 真澄は、マヤが役柄にのめり込んでしまうのを知っていたので、今回も彼女の中にヒロインの悲し みがまだ残っているのだろうと、想像が付き、そのまましばらく待った。 客の姿もまばらになったところで、真澄が肩を揺さぶりながら再び話しかけると、マヤはやっと我に 返る。まだ舞台の余韻を引きずりながら、傍らに追いやられていたバッグを掴み、座席を立つ。
ぼんやり歩いていたマヤは段差につまずく。
後ろを歩いていた真澄が、咄嗟にマヤの腕を掴んだので転ばずにすんだ。
真澄は呆れたように言うと、マヤの右手に自分の左手を絡め、今度は前に立って歩き出した。 マヤはドキドキしながら 「あ、ありがとうございます・・・」 とつぶやいて真澄に従った。
手を観察した。
真澄は、マヤと手を繋いだまま人の間をすり抜け、出口へと向かう。
真澄は険しい顔でマヤの手を離すと、ちょっと待っててくれ、と紫織のもとへ歩いて行った。
た。ぼーっと立っていると、真澄が振り向き、右手を上げ、『すまない』というしぐさをする。マヤも 軽く手を振って『どうぞ遠慮なく』の意味を込めて、小さく笑った。
な・・・。
“あんな彼氏、欲しいよ〜” “うわー、モデルなのかな?”
付ける。
ほ〜んと、正統派の美男美女って感じだもんね。
ると、ぎゅっとつねられたような痛みが胸に広がった。
を押して、その場から逃げるように外へ出ていった。
紅天女の稽古も3日前にスタートしていた。
がり、勢いよくドアを開けた。 呼吸を整えながら、穏やかに微笑むウエイターに予約している旨を告げると、速水様より会議で少々 遅れるとのご連絡が入っております、と伝えられた。
今夜は、首周りのドレープが綺麗な黒のカットソーに、黒地に薄紫色の花が散りばめられたシフォン スカート、それにつま先の尖っているヒール付の黒いパンプスと、マヤにしてはかなり大人の装いを してきた。似合うように、メイクもちょっと頑張ってみた。紫織には到底敵わないが、せめて一緒にいる 真澄に少しでも釣り合うようにと、そして、自分を見た真澄が何か言ってくれるかも、とわずかながら 淡い期待もして選んだ服だった。
何もすることがない場所に一人でいると、必然的に頭は真澄の事でいっぱいになる。
“俺がどれだけ心配したと思ってるんだ” “もう、勝手にいなくなるなよ”
真澄からの電話を切った後、ほっと安心している自分がいた。真澄が電話をかけてくれるはず、 自分を探してくれるはず、とどこかで期待していたのかも知れない。
いる限り、変わらずこれからもずっと紫のバラを贈ってくれたのかな。影で見ていてくれたのかな。 ・・・たとえ、結婚してしまった後でも・・・。
まだ慣れることのできない、この胸を締め付ける痛みと切なさにマヤは固く目をつぶって耐える。 きっちり期限を決めて、紫のバラも、真澄への想いにもけじめをつけようと誓ったはずなのに、 そんなことは無理だと心はあざ笑い、勝手に真澄への愛を吐き出そうとしている。
その時をどうやって、どんな気持ちで迎えるのか、そして、紫のバラをなくした後の自分の行く先は どこなのか、今のマヤにはとても想像が付かなかった。
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