〜written by あお〜
マヤは革張りのソファに身を埋めたまま、静かに口を開いた。
とるために水城が席をはずし、パタリ、と社長室の扉が閉まった直後の出来事だった。 完全に不意を突かれた質問に、真澄は自身を取り繕うこともできず手からバラバラと書類を落と した。顔を上げると、マヤの目は真澄の目を真っ直ぐに見つめていた。 いつものどこか不安げで劣等感を抱いている様子は全く見受けられず、変わりに彼女が舞台 に立ったときと同じ、何事にも動じない凛としたオーラを放っていた。 ゴクリ、と真澄はマヤに気付かれないよう、つばを飲み込む。必死に冷静になろうとする。 マヤがゆっくり近づいてくる。彼女に見えないようデスクの下で握られた拳だけが、今の感情を 正直に表していた。
が、彼女の発した一言でいとも簡単に追い込まれる。
いる感がある。
出すと、机上に散らばった未決書類の上に置いた。
真澄は怪訝そうに眉をひそめる。
カードです。・・・・ここ、見てください」 マヤの細い指がその箇所をなぞる。
のか。真澄にとって、これといって思い当たる節はない。相手の出方、経営の状況など、普段 は先を予測するのを得意としている真澄だが、この場合のマヤの意図は読み取れない。安易 に言葉を並べて墓穴を掘らないよう、ひとまず少しだけ顔をあげてマヤに先導を委ねる。
した。台風だった初日だけ・・・」
正体がばれているのに気が付かずにずっと芝居を続けてきた自分に対する情けない想いと、 彼女がこの事実を善しと受け止めているのか否か想像がつかず、どんな顔をしていいものか 考えた挙句、 「とんだところから足がついたものだな」 と苦笑いしイスに体を預ける。
くれてたんですよ」 ふふっとマヤが笑う。
いつの間に彼女はこんな表情を身につけたのだろう。
しばしの沈黙の後、真澄はおもむろにノートパソコンをパタンと閉じる。ギシリと音を立ててイス を回すと、真澄はマヤに歩み寄った。 これ以上にない緊張した面持ちで真澄を見つめているマヤを、真澄もまっすぐに見つめ、口を開 いた。
だ。
見守ってくれてどうもありがとう・・・!」
で思い直しその手を静止する。 速水真澄が紫のバラのひとという事実を、マヤがどう捕らえているのか判断がつきかねる。 憎んできた相手が、今まで支えにしてきた人だったとは・・・。
マヤは涙に潤んだ目を真澄に向ける。
マヤは涙を拭きながら真澄から離れる。
くれませんか?ほんの数時間でいいの。2ヶ月か3回、どちらかが先に終わったら、そこでおし まい。だめですか?」 真澄はマヤの突然のお願いに戸惑う。
マヤはコクンと頷く。数秒の沈黙の後、震える小さな声が聞こえてきた。
を揺さぶられる。彼女の熱っぽい瞳と震える声を、ともすれば良いように理解してしまいそうな 自分を戒めると、それでも嬉々として要求を受け入れる。
そう言い放ち、デスクにあったメモ帳にサラサラとペンを走らせる。
で待ち合わせだ」
マヤの前に注文したホットチョコレートが置かれる。
と、やけどをしないようフーッと冷まして一口飲む。暖かい液体が体内に入り、体の中心を温め ていく。 カップをソーサーに戻すとマヤは、やっと感覚が戻ってきた手で頬に触る。指先同様に冷たくなっ た顔はまるで表情がなくなってしまった気がする。大切な真澄との約束1回目にマヤは穏やかな 笑顔でいたいと思い、ぺちぺちと軽くほっぺを叩いてほぐしてみた。
不意に頭上からやさしい低い声が降ってくる。マヤが顔を上げると、そこには目を細めて面白 そうにマヤを見下ろす真澄の顔があった。コーヒー、と短く注文して、真澄はマヤの向かいの 席に座った。 今まで何度も真澄と食事をしたり、街を歩いたことはあるが、改めて約束をしてこうして2人 で会うのは、どことなく気恥ずかしい。マヤはそんな気持ちを悟られないよう、うつむいたまま ホットチョコレートの入ったカップをいじる。 そうしている間に真澄の注文したコーヒーが来る。真澄は一口すすると 「顔、どうかしたのか」 と、マヤに尋ねた。
まさか 『速水さんと一緒のときは笑顔でいたいから筋肉をほぐしてました』 なんて言えるはずも なく、結局はぶっきらぼうに、 「んもう!いくらあたしでもそんなに食べませんよっ」 と返した。
「虫歯は甘く見てると大変なことになるぞ」
大都の社員がみーんな困りますよっ!」
かなわん、とばかりに真澄は早々と降参する。 実際のところ、マヤとの間では勝つ、負けるは大した問題でなく、こうして触れ合う時間を持て ることが嬉しいのだから。
あたしって、やっぱりかわいくないし、子供だって思われるのも無理ないかも・・・と考えて、ちょっ と悲しくなった。
を出た。日はすっかり暮れ、気温もぐっと下がったようだ。 足早に近くのデパートへ移動すると、マヤに言った。 「ちょうどいい時間までショッピングでもしようか」
なしに一方的だったからな。今度は一緒に選ぼう」
真澄は、マヤがそう言うだろうことは予想していたので、
と、あらかじめ用意しておいた答えを述べ、さっさと売り場へ向かって歩き出した。 マヤはまだ何か言いたそうにしていたが、迷子になっては大変と急いで真澄の後を追った。 |
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