〜written by あお〜
している。真澄はブランコ前に配置されたU字のポールにもたれると、タバコを取り出した。マヤ は久しぶりにブランコに乗ってみようかと思ったものの、服が汚れそうだったのと、さすがに子供 っぽいかしら、と思い直し、真澄から1mほど距離を置いてポールに腰掛けた。
をいぶかしく思って聞く。
手元のタバコを見つめながら、真澄が言う。 マヤは言っていいものか迷うが、嘘をつく必要もないと判断し、答える。
イヤなので・・・」
真澄は短くつぶやいて、タバコをケースに戻す。 マヤは慌てて 「あっ、で・・・でもっ、気にしないで吸っていいですよ。ここ外だし、それに絶対我慢できないほど 嫌いってわけでもないですし・・・」 と言うが、言葉を並べれば並べるほど相手の気分を害しているような気がして、終わりはモゴモゴ とごまかす感じになった。
てくれているだけ、と自分に言い聞かせる。 会話が途切れぬよう、マヤは早口でしゃべる。
聖さんと一緒にすればいい!」
ら、ぜ〜ったいに成功!」
ってころころ笑うマヤを、愛しそうに見つめる。 トレンチコートのポケットに手を入れ、指に当たる紙袋を確認しながら考える。 やがて、おもむろに体重を預けていたポールから離れると、マヤの前に立った。
「あ、じゃあ、そろそろ・・・」 と腰掛けていたポールから降りる。 その瞬間、真澄の腕が、緩やかに優しくマヤの体を包み込んだ。マヤの手から紫のバラがパサリと 地面に落ちる。 真澄はマヤの頭に顔をうずめた。
マヤはうろたえる。
真澄の声に、マヤの心臓が大きくドクンと脈打った。
から・・・」 押し殺した声でそう言った後、その言葉に矛盾するように腕に力を込め、しかし、それでもマヤが 逃げ出せる余裕を持たせて、きつく抱きしめる。
真澄はマヤのわずかな拒否も見逃さないよう、全身の神経を研ぎ澄ませる。マヤは動くことも、言葉 を発することもしない。
真澄はかすれた声で恐る恐るマヤに問う。 マヤは声を出さず、真澄にわかるようにコクンとかすかに頷いた。
真澄は嘆くようにつぶやくと、左手はマヤを束縛したまま、反対の手でポケットから先ほどの紙袋 を取り出す。 人差し指と親指で摘んだそれを、マヤの顔の前に持っていくと、おどけた調子で、 「紫のバラのひとから、北島マヤさんへお届け物です」 と言った。 マヤが自由になった左手でそれを受け取る。
今度は打って変わって真剣な声色でそう言うと、真澄はマヤを解放した。 マヤは俯いて紙袋に貼られたセロハンテープの角を爪で引っかき、丁寧にはがす。袋の中には、 綺麗に刺繍が施されたシャンパン色の小さな巾着が入っていた。
マヤは両端に手をかけて、襞を伸ばす。
真澄は微笑み、優しい眼差しをマヤに向けている。
知らない・・・。
と言った。 真澄は満足そうに頷くと、忘れるなよ、とマヤが落としたバラを拾いネックレスを持っていない手に 握らせる。
真澄がマヤの鎖骨を指差して言い、マヤは、どんな服着たらいいのかなぁ、とおどけてつぶやき ながら考える。
2回目の約束から5週間経った。 1回目の約束から数えて、1ヶ月と3週間。 2ヶ月のタイムリミットが近づいているのに真澄からの連絡はない。
真澄の近況を尋ねたのだが、返事は水城らしきからない曖昧なものだった。 黒沼による紅天女の稽古は相変わらずハードだ。マヤはぐったり疲れて帰宅し、次の日に備えて 早めに寝ようと布団に潜り込むが、目をつぶると真澄に抱きしめられた感触が蘇る。 抱きしめられた時は体中が熱くなって、宙に舞い上がりそうに嬉しかったはずなのに、一度その熱 が冷めると、真澄の行為はただのいたずらとしか思えなかった。
真澄の結婚は数ヶ月先に迫っている。仕事と紫織との時間を作るのに精一杯で、おそらくこちら まで手が回らないのかもしれない。もしかしたら、連絡がないまま真澄との約束は終わるかもしれ ない。
このときばかりは、麗が地方公演で留守にしてくれていて良かったと思った。 だれにも心配をかけないで、おもいきり泣けるから。
ぼったいまぶたを冷やそうと、洗面所へ歩く。冷水で顔を洗い、口をゆすぐ。薄暗い中、タオルで顔を 拭きながら戻る。 眠る気にもなれず、かといってTVやラジオを付けるでもなく、そのまま布団の上に座り込む。
はザッと音を立てて勢いよくカーテンを開ける。 部屋は一瞬にして、月光でしっとりと蒼く染まる。
そういえば、“月光浴”というのを聞いたことがある。月の光を浴びるとパワーが貰えると。 マヤは窓際に座り、全身にその光を浴びる。星は数えるほどにしか確認できない。等級(天体の明る さの度合い)の低い星は、満月の輝きで見えなくなるからだ。月は小さい星の光を飲み、気高く煌々 と光り続ける。 マヤは大きく息を吸い込むと、部屋の隅にある引き出しに目を向けた。真澄から貰ったバラのネック レスは、紙袋に入ったまま大切に引き出しの中に閉まってある。
区切りをつける日はやってくるのだ。
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