途中でグリーン車に乗り込む客は数人程度であり、ほとんど貸切のように広々とした空間で、他愛のない話やら 演技の事を会話しながら時間は過ぎていった。 もちろん、買ったお菓子は、すべてがマヤのお腹の中。 幸せそうな顔をして頬張り続ける彼女に、真澄は笑顔を絶やすことがなかった。
そう考えると嬉しくてたまらない反面、明日の自分が一体どんな事を考えているのか想像もつかず・・・。
「・・・はい」 真澄に促されるようにして、マヤは慌てて新幹線を後にした。
はぐれないように、と心の中で言い訳をしながら、マヤは小さく彼の腕に掴まって歩き、至福の時を過ごす。
ずっとドキドキしながら、眠れない夜を過ごしながらようやく到着したというのに、まだ夢かもしれない、なんて思う自分 がいて、本当に嫌になってしまう・・・。
マヤは、それを確かめるかのように、彼の横顔を何度も見上げていた。
ほどなくして二人はタクシー乗り場へと到着し、真澄はマヤを先に座席へ乗せ、ゆっくりと隣に腰を下ろした。
マヤは思う。
悲しいほどささやかな発想が浮かび、マヤは自分に苦笑する。
は、もう目前に迫っていた。
気に入ってくれるといいんだが・・・。」 「・・・・・」 耳元でそっと囁いた真澄の言葉に、マヤは戸惑いながら首を傾げる。 無知である自分はホテルの格付けさえも知らないのだから・・・。
ようなホテルがどんなものなのか、想像すらつかない。
精一杯そう答えると、真澄は安心したような笑顔を見せたので、マヤもホッと息をついた。
質の良い絨毯が敷き詰められ、有名なデザイナーが手がけたと思われるオブジェや絵画がいくつか立ち並んでいるのが 目に入り、マヤはキョロキョロと辺りを見回しながら膝が震えそうになっていた。
真澄と並んで歩くことを考え、自分が持っている中では一番のワンピースを選んできたつもりだったのに・・・それすらも 場違いなように感じてしまう・・・。
「あ、はい・・・」 フロントで署名を終えた真澄に声をかけられ、マヤはできるだけ落ち着き払った表情をしよう、と意識しながら歩き出す。
「・・・・・・!?」 目の前を行くベルボーイにそう告げられると、マヤはギョッと驚いて目を見開いて息を止めた。
今回の旅行だって、無難なツインルームかなあ、とか・・・もしかしたらシングルルームを2つ用意しているかもしれない などという考えは浮んでいたけれど、スイートなんて・・・。
ふと浮んだ疑問をボソリと吐き出すと、ベルボーイはにこやかに答えた。
「・・・・・」 ――そ、そうなんだあ・・・知らなかった。 で、でも、新婚って・・・――
・・・・マヤは はずみでよろけてしまい、もつれた片足が絨毯に引っかかり、前のめりの体勢になってしまった。
免れていた。
「ご・・・・・ごめんなさいっ・・・」
「分かってます・・・」 恥ずかしさと、子ども扱いされている悔しさと・・・更にまだ彼の強さがジンジンと腕に残っていて、頭の中を真っ白に させていく。 ――ああ、もうヤダっ――
最上階に到着するまでの、静寂した重圧感がマヤの呼吸をどんどん苦しくさせていく。
白を基調にしてどこまでも続く長い壁に煌びやかな装飾品。各所には立派な油絵がずらりと並び、パーティーも可能 なほど大きな美しいダイニングテーブル。 革張りの重みのあるソファーにアンティーク調の家具類。 そして極めつけはガラス張りの大窓から望める都会の街・・・。 夜になれば、さぞかし美しい夜景が広がることだろう。
どれも素晴らしすぎて、言葉が浮かんでこない。 ふいに、亜弓や真澄の屋敷で世話になった事などを思い浮かべてみたり・・・。
真澄に声をかけられ、マヤは我に返った様にビクリと肩を動かした。
真澄は腕時計を確認すると、大きな鏡の前でネクタイを締めなおし、早口で言葉を並べた。
部屋番号とサインをしておけば代金は払わなくていいから・・・ルームサービスも同じだ。分かるか? いくつかの ショップも入っているから欲しいものもそうして買えばいい」
「えっと・・・あたし・・・適当に・・・どこかコンビニでお買い物でもするし。大丈夫です・・・」
「そうか・・・分かった。部屋を出るときは必ずルームキーを忘れるなよ。キーは、そのカードだ。さっきベルボーイ も説明していたが、2枚あるから一枚は俺が持っていく」
真澄がそう言いながら視線を合わせてきたのでマヤはドキンと胸を突かれ、何も言えずにサッと視線をかわしていた。 ――ヤダ・・・なに避けてんの、あたし―― 「・・・・」
「・・・長引いたら日付が変わるかもしれない。君も疲れているだろうから、遅くなったら先に休んでいるんだな」 と、言葉を結んだ。
マヤは何も言えず、コクリと小さく頷く。 それだけで精一杯だった。
そう言えたらよかった。 でも、待っていられると苦痛に思うのかもしれない・・・。
マヤがつまらない事をウジウジと悩んでいる間に、真澄はブリーフケースを手にし、部屋を出る準備を終えていた。
ドアが閉められると、マヤは取り残されたような寂しさを胸に抱え、小さく唇を噛んだ。
普段、こんな風に空いてしまった時間をどんな風にやり過ごしていたのかも思い出せない。 テレビをつければ、それなりに暇つぶしになりそうな映画やドラマも放映されていたが、どれもまともに耳に入ってこな かった。 これほど心が浮付いているなんて自分でも信じられない・・・。
先ほど出て行ったばかりの真澄に次に会えるまで、少なくともあと数時間もあるなんて。 心の中に、まるで大きな穴があいてしまったかのような寂しさが広がっていく。東京から何時間も一緒にいたのに。
気を紛らわすように立ち上がったマヤは、部屋をグルリと見回し・・・無意識に・・・いや、もしかしたら意図的にか、寝室 の方面に目をやっていた。
先ほど、ベルボーイの男の人に各部屋の説明もしてもらったのだが、気恥ずかしくてまともに見ることができなかった 部屋だ。
ふかふかとして気持ちが良い。 広い天井も開放感でいっぱいだ。
そんな発想が無意識に浮び、マヤは飛ぶようにして起き上がった。
周りに誰もいないというのに、赤らめた頬を両手で覆い隠していた。
いつも通りに”子供は早く寝るんだな”なんて、バカにするに決まっている。
マヤの脳裏に、社務所で彼が一瞬見せた、怖いような顔つきが浮かび上がる。
そう言って強く抱きしめて、そして・・・・・。
どんな顔して待ってるべきなんだろう・・・。 早く会いたいのに、時間が経つのが怖くなる・・・。 やりきれないもどかしさが充満していくのを感じていく・・・。
一人で部屋にいればいるほど、余計な事に悩まされてしまいそう・・・。
いつものように独り言を叫ぶと、マヤは勢い良くベッドサイドに降り立っていた。 こんな所でじっとしていたら、彼が帰ってくるまでに気が狂ってしまいそうな気がする。
マヤは声を出しながら小銭や携帯と一緒にコートのポケットにそれを収納する。
学校帰りの学生の群れや、足早に急ぐスーツ姿のサラリーマンが行き交う歩道。 これほどの人がいるというのに、 知り合いに合う可能性が全くないのだという小さな不安が付きまとう。
ただ・・・・道行く先の看板に「大阪」などという表示を見つけると、自分が住んでいる街とは違うのだなあと実感する。 それだけの事だ・・・。 考えようによっては、次にいつ来れるのか分からないという場所をうろつくのは、ワクワクとして楽しいものかもしれない。
見つけては『速水さんと一緒に食べたいなあ』などど思い浮かべて歩いていく。
映った自分の姿を見てハッとする。
「・・・・・」
――はぁぁぁぁ・・・・――
いつからこんな風に変わってしまったのだろう。 どこにいても、何をしていても、どうして彼と結びつけてしまうのだろう。 以前の自分だけのココロはどこに行ってしまったんだろう・・・・・。
世の中の恋人同士は、みんなこんな風なのだろうか・・・・ワカラナイ・・・。
暗さのせいでよく分からないけれど、雨が降りそうな気配があるような・・・。 いざとなればコンビニで傘を買えばよいのだけれど、真澄が傘を持っていないのを思い出し、気がかりに思う。
そう思いながら足を進めていったものの、コンビニらしき店が見つからず、マヤは周りを大きく見渡していた。 こんなことならフロントで尋ねてくればよかったのかもしれない。
ようやくコンビニの看板を見つけた。 しかし・・・・それは大通りの反対側。
そんな呑気なことを考えていると・・・ ・・・ピチャンッ・・・・ 冷たい風を感じる頬に、小さな雨粒がかかった。
東京から持ってきた大荷物の中には折りたたみ傘もあるのに。 マヤは自分の要領の悪さに呆れながら横断歩道を目指す。
マヤは視界の悪い中、できるだけ集中してそこに視線を向けた。
彼は全くこちらには気付いていない。 見知らぬ土地で、出かけてしまった彼の姿を思いがけず発見できて、マヤの 胸は条件反射でドキドキと高鳴る。
思わず声を出した。 彼の隣には、見たことがない大人の女性の姿があったのだ。 綺麗な人・・・・。 マヤは、やはり人違いではないかと更に目を凝らす。 しかしそれは間違いなく彼であり、何かプレゼントのような 物と紫の薔薇を抱えているのがはっきりと目に入った。
真澄は差し出された傘を手にし、2人で雨を凌ぎ始めていた。彼の手から紫の薔薇とプレゼントが彼女に手渡される。
それでも、微笑みあいながら楽しげにしている姿だけはハッキリと確認できた。
あのクリスマスの日にそう誓った彼の言葉が、何度も何度もマヤの脳裏に浮かび上がる。
マヤは無意識に走り出そうとしていたが、大通りの歩行者信号が同時に赤になり、タクシーは容赦なく進んでいく。
誰にも聞こえないほど弱々しい声でマヤは叫んでいた。
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