・・・・マヤは熱いシャワーを頭から被り続け、不安を打ち消そうと精一杯だった。
他人の目も気にすることなく、ずぶ濡れの体でホテルに引き返したマヤは、フラフラと部屋に戻り、冷え込んだ体を温め るために浴室へと飛び込んだのだった。
分かっている・・・自分が馬鹿げたことを想像していることくらい、分かりすぎている。 常識的に考えれば、あれは取引先の秘書か誰かで・・・彼と特別な関係にある女性であるはずがない。 そうでなければ、大阪まで自分を連れてくるなんて事をするはずがないのだから。 悲しい発想だけれど・・・女の人と会うつもりなら、彼ならもっと上手にやるに決まっているのだから。
あれは嘘だったのだろうか。 もしかしたら、彼にとってそんな都合の良い嘘は誰にでもついているのかもしれない。 ホテルの近くで会食をすると言っていたはずなのに、タクシーに乗っていくのだって、不自然すぎる・・・。 ――やっぱり・・・あの女の人は特別な誰か・・・?――
――あの映画の主人公の設定も、どこかの会社の社長のお金持ちじゃなかったっけ?――
そして、そこに設置されている鏡に映る自分の姿を見つけ、思わず目を見張る。
今の自分は、人を疑い、誰かに嫉妬をする、醜い表情をしているのだ・・・。
そんな風に考えたくないのに。そんなはずないって心の底では叫んでいるのに。
ずっとずっと信じていた何かが崩れていくのが分かる。 ・・・ぎゅうっと心臓がねじられる思いがした。 胸がつぶれてしまいそうなほど、苦しくなる・・・。
いつもほとんど化粧なんてしないのに・・・少しでも彼の隣が似合うように無理をしてきたつもりだったのに。 ワンピースも雨ですっかりしおれてしまっていた。 まるで自分の姿を見るようだと思った・・・。
ハンガーにかけた。
ふっとそんな考えが浮かぶと、投げ捨てるように置いてあったコートのポケットを探り、携帯電話を取り出してみる。
携帯を胸に抱えながら思いとどまっていた。
立ち直れないかもしれない、などという思いもあった。
マヤはそっと携帯をソファーに投げ下ろした。
・・・好きだと意識しない頃は、何でも言えたはずなのに。 いつから自分はこれほど弱くなり、言葉を失うようになってしまったのだろう。 一つ言葉を発したら、何を思われるか、どう思ったのか、そんなことばかりが気になってしまうのだ・・・。
目が覚めるかと思うほど美しい大阪の滲んだ夜景。 あいにくの天候とはいえ、暗闇にこぼれるほどの光の粒が輝いている。
ガラスに張り付くようにして言葉を発すると、漏らした吐息が僅かにそれを曇らせた。
――もう今頃は・・・部屋にあたしを置いてきたことも忘れてたりして―― 胸が切り裂けそうに痛い発想が広がっていく。
どうしてこんな苦しい思いをしなければいけないのだろう。 自分は彼の恋人だと言うのに・・・・。
人を好きになった事は初めてじゃない。 けれど・・・・
毎日毎日、幸せで何もかもが満たされて笑顔になれるんじゃなかった? 自分がもっと彼に釣り合う相手だったら・・・? もっと大人で、綺麗で、家柄も良くて・・・・
きっと彼の隣を歩くのが似合うような大人の女性なら・・・もっと彼を支えてあげることもできるのだろうに。 自分はお荷物でしかない。 とても彼が誇りに思うような恋人とは言えないのだ。
問題を無視した、情けない後悔が口をついていた。
今まであまり深く考えなかった言葉の意味が、分かったような気がした。
いつか観たあの映画で、そんなセリフがあったのを思い出す。
・・・そう、今までだってずっと・・・分かってた・・・
・・・それに・・・
・・・あとは・・・
マヤは震える両手で唇を押さえる。
ずっとずっと我慢していた、もどかしい想いのすべて。 それは静かにゆっくりと絨毯に染み込んでいく。
止まらない心が叫んでいる。 これほどまでに、自分の気持ちが抑えられなくなっているとは知らずにいた。 ずっと気付かないフリをしていたのかもしれない。
どんな事実が分かっても、彼を嫌いになることなんてできないと思うから。 今度ちゃんと会えたら”苦しいほどあなたが好き”って、そう言いたい。 だから・・・・
|
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||