マヤは僅かに眉をひそめながら、携帯の向こう側で真澄が言葉にしたセリフをそのまま返していた。
真澄が忙しそうに早口に言葉を並べ、プツンと回線の切られた音が響き渡ると、マヤは心の隙間に突き刺さるような 寂しさを抱えながら携帯を握り締めた・・・。
真澄は半年ほど前に鷹宮紫織との婚約を破棄し、クリスマスの日にマヤに長年の想いを告げたのだった。
それは喜びだけではなく、時として不安な姿に形を変えてはマヤに襲い掛かる。
どちらかが仕事を終えた後、待ち合わせをして食事でもすれば、すぐに別れの時間がやってくる。 それに、約束が 先送りになってしまった事も一度や二度ではない。
毎日毎日、何度カレンダーを見上げたことだろうか・・・。
「出張なんて・・・・ヒドイよ・・・」 マヤは住み慣れた麗と暮らすアパートの畳の上にゴロリと横になり天井を仰ぎながら、小さな本音を口にしていた。
マヤの電話のやりとりを聞いていたのであろう、キッチンから顔を出した麗がそう声をかけてきた。
マヤはそれだけ言葉を出すと、ゆっくりと体を起こしながら ちゃぶ台の前で足を抱え込んで体を丸めた。
声が聞けるだけでも嬉しいと思っていた・・・はず・・・。 それなのに、いつの頃からか ”もっと会いたい!”という ワガママな欲望がむくむくと体の奥から湧いてきて止まらなくなってきているのだ。
溢れていくのを感じていた。 すっぽりと包み込まれるようにして抱きしめられた瞬間の彼の腕の強さ、そして優しさ・・・。 生まれて初めて触れた唇の感触・・・。 どれも思い返す度にドキドキと胸をときめかされてしまう。
てしまうのだ。
確認し、胸を撫で下ろすことももはや日課になりつつあった。 会えない日が続く度に加速していく侘しさ・・・。
いつか悲しい思いをしない為に気持ちをセーブしたほうがいいのかも、と考えてしまう日は数え切れないほどある。
マヤは膝を抱えている両腕を解放すると、溜息をつきながら、再び天井を見上げてそう言った。
pipipipipipi・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「マヤ・・・俺だ。こんな夜遅くにすまない。会議が予定よりも長引いた。」
どに思考回路がおかしくなりそうになってゆく・・・。 こんな気持ちを言葉に表すような可愛いことが上手にできればきっと・・・。 心の底では分かってる。
――うわぁーーっ!なんてイヤミな言い方っ・・・あたしのバカッ――
・・・携帯の向こうで、真澄がカチリとライターを開けた音が僅かに聞こえた。
「ほんとにあの・・・えっとその・・・仕事も順調で何よりで・・・大都芸能が倒産しても困りますからっ・・・」 ――ああもうっ!何言ってんだろ、あたし・・・――
真澄の笑い声を耳にし、マヤは更に しまった、と顔を歪めながら返事を返した。
――うわああぁっもう!また失敗だっ・・・――
マヤは後悔の気持ちで一杯になり、軽く溜息をつきながら携帯を握り締めた。
突然、真澄から思いもよらない言葉が飛び出し、マヤは今まで無理をしていたのが彼に分かってしまいそうなほど、 弾んだ声を響かせる。 「えっ?ウソっ?」
新幹線で東京に戻れれば・・・と思っている。それが無理でも、オフの朝一番で戻るよ」 真澄はタバコの煙を吐き出すような音を立て、一呼吸おいてそう言葉を並べてきた。
ところがマヤは、その過酷なスケジュールを聞き、言葉を止めた。 確か、オフを取る為に前日までびっしりと仕事を抱えていたはず。それから大阪に立ち、飛ぶようにして戻って デートに付き合ってくれるなんて・・・。 そこまでしようとしてくれる彼の気持ちは嬉しい反面、戸惑いの気持ちが大きく圧し掛かる。
「いや、俺は無理だとは思わないが」 マヤの言葉にも構わず、真澄はクールな声でそう言い放った。
「俺が大丈夫だと言っているんだから何も問題はないだろう」 真澄がまるで怒ったように言葉を出すと、マヤは言葉を失ってしまった。 ――だって・・・――
その沈黙を破る彼のセリフにマヤは言葉を取り戻した。
「じゃあ、君も俺と同じ気持ちだと思っていいのか?」 「・・・・」
マヤが小さな声でそう答えると、真澄は僅かに間をあけ、何かを考えているようだった。
少しぶっきらぼうな言い方をした真澄に、マヤは呆然としながらオロオロと再び携帯を握りなおす。
「ああ、そうだ。 向こうの社長との会食は俺だけで充分だが・・・それさえ終わればすぐにでも会えるだろう? そうすればオフの当日は大阪観光ができるぞ」 「・・・」 マヤは、余りにも豪快な真澄の提案に圧倒され、ぴたりと言葉が出てこなくなってしまった。
都内でのまともなデートさえも実現していないというのに・・・。
「・・・・・」
もちろん、嫌なわけではなく、むしろ嬉しいのが本音のはず。 それなのに即答できない自分は何なんだろう・・・。
話を詰めるように真澄がそうキッパリと尋ねてくると、マヤはようやく言葉を出した。
「よし!決まりだな。 また連絡するから、当日までに出発の用意をしておいてくれ。 夜遅くにすまなかったな。 おやすみ」 「え?ちょ、ちょっと・・・あの・・・」 ・・・真澄は一方的に言葉を並べたかと思うと、さっさと電話を切ってしまったようだ。
と思いながら。
無意識にブツブツと独り言を呟き、隣の部屋で寝息をたてている麗の存在を思い出したマヤは慌てて口元を押さえ、 その弾みで携帯を落っことし、更に慌てながら床に這いつくばって息を呑み込んだ。
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