ずっと二人で・・・ 1


「・・・・急な出張!?」

マヤは僅かに眉をひそめながら、携帯の向こう側で真澄が言葉にしたセリフをそのまま返していた。



「そうなんだ・・・すまない。この借りは必ず・・・おっと会議の時間だ。本当に・・すまない・・・また今夜電話する」

真澄が忙しそうに早口に言葉を並べ、プツンと回線の切られた音が響き渡ると、マヤは心の隙間に突き刺さるような

寂しさを抱えながら携帯を握り締めた・・・。


――なんでいつもこうなるの・・・?――








12月に始まった付き合いから、もうすぐ一ヶ月になろうとしていた。 

真澄は半年ほど前に鷹宮紫織との婚約を破棄し、クリスマスの日にマヤに長年の想いを告げたのだった。


まさか彼が自分と同じ気持ちでいるなんて夢にも思わなかった・・・。


そうして始まった、11歳も年上の、しかも大都芸能の社長である彼との、恋人同士の関係。 

それは喜びだけではなく、時として不安な姿に形を変えてはマヤに襲い掛かる。



――また延期になっちゃった――



そう・・・二人はただでさえ会える時間が限られ、まともにデートをする事すら叶わない日々が続いていた。

どちらかが仕事を終えた後、待ち合わせをして食事でもすれば、すぐに別れの時間がやってくる。 それに、約束が

先送りになってしまった事も一度や二度ではない。



――やっと会えると思ったのに――



物足りない気持ちを吹き飛ばせるほど楽しみにしていた2人のオフは目前だった。

毎日毎日、何度カレンダーを見上げたことだろうか・・・。


・・・それなのに・・・夢心地から覚めるような彼からの電話だった。

「出張なんて・・・・ヒドイよ・・・」

マヤは住み慣れた麗と暮らすアパートの畳の上にゴロリと横になり天井を仰ぎながら、小さな本音を口にしていた。




「速水さんが忙しいのは仕方ないだろうよ・・・」

マヤの電話のやりとりを聞いていたのであろう、キッチンから顔を出した麗がそう声をかけてきた。


「うん・・・・・・分かってる」

マヤはそれだけ言葉を出すと、ゆっくりと体を起こしながら ちゃぶ台の前で足を抱え込んで体を丸めた。


彼が忙しいことは、痛いほど分かっているつもりだ。だからこそ、短い時間でも顔を合わせることができたり、こうして

声が聞けるだけでも嬉しいと思っていた・・・はず・・・。 それなのに、いつの頃からか ”もっと会いたい!”という

ワガママな欲望がむくむくと体の奥から湧いてきて止まらなくなってきているのだ。





『――君を愛している――』


マヤは、クリスマスの日の彼の言葉をボンヤリと思い浮かべると、ギュッと胸を締め付けられるほどの熱い気持ちが

溢れていくのを感じていた。

すっぽりと包み込まれるようにして抱きしめられた瞬間の彼の腕の強さ、そして優しさ・・・。

生まれて初めて触れた唇の感触・・・。

どれも思い返す度にドキドキと胸をときめかされてしまう。


しかし・・・それはとても苦しい気持ちにも似ていた。 恋人同士なのに、真澄はどこか手の届かない人のように思え

てしまうのだ。 


毎朝目が覚めた時、今の自分は現実ではなく夢なのでは、などと思いながら、急いで彼との約束を刻んである手帳を

確認し、胸を撫で下ろすことももはや日課になりつつあった。 

会えない日が続く度に加速していく侘しさ・・・。


どこからこんな不安がやってくるのか自分でも全く訳が分からないのだ。



――きっとこんな気持ちを抱えているのはあたしの方だけだ――


自信を持ってそう認めてしまえるのが情けなくも思う。 

いつか悲しい思いをしない為に気持ちをセーブしたほうがいいのかも、と考えてしまう日は数え切れないほどある。 


「もういいの・・・せっかく2人揃っての初めてのお休みだったから・・・残念だなって。でも、仕方ないもんねっ」

マヤは膝を抱えている両腕を解放すると、溜息をつきながら、再び天井を見上げてそう言った。



――恋人同士って、もっと一緒にいられるものじゃないの――?


と、誰にもぶつけられない思いを抱えながら。





その夜、約束どおり真澄から携帯に連絡が入ったのは、22時を回った頃だった。

pipipipipipi・・・・・・・・・・・・・・・・・・


マヤは画面を確認し、彼からだと分かると、心配をかけないように明るい声で通話ボタンを押していた。


「もしもーーし」

「マヤ・・・俺だ。こんな夜遅くにすまない。会議が予定よりも長引いた。」


低く落ち着いた彼の声が耳に伝わると、嬉しさが泉のように湧きあがり、マヤは何を話していいのか、意識するほ

どに思考回路がおかしくなりそうになってゆく・・・。

こんな気持ちを言葉に表すような可愛いことが上手にできればきっと・・・。 心の底では分かってる。


それでも結局、マヤの口から出た言葉は、まるで可愛げのないセリフであった。


「え・・・別に・・・大丈夫ですっ。速水さんが忙しいのは今に始まったことじゃないし・・・・・・」

――うわぁーーっ!なんてイヤミな言い方っ・・・あたしのバカッ――


「確かにそうだが・・・」

・・・携帯の向こうで、真澄がカチリとライターを開けた音が僅かに聞こえた。


――えーーっと、何か話さなくちゃ――

「ほんとにあの・・・えっとその・・・仕事も順調で何よりで・・・大都芸能が倒産しても困りますからっ・・・」

――ああもうっ!何言ってんだろ、あたし・・・――


「・・・倒産だなんて・・・新年から縁起でもない事を言ってくれるじゃないか・・・クククッ・・・」

真澄の笑い声を耳にし、マヤは更に しまった、と顔を歪めながら返事を返した。


「あ、えーーと、その・・・冗談です・・・あの・・・・ところで出張はどこに・・・?」

――うわああぁっもう!また失敗だっ・・・――


話を誤魔化す為に、なぜだか出張の話を出してしまった。言わないつもりでいたのに・・・。

マヤは後悔の気持ちで一杯になり、軽く溜息をつきながら携帯を握り締めた。



「その出張の事なんだが・・・日程が急に変更になったから、オフの当日は予定通りに会えることになった」

突然、真澄から思いもよらない言葉が飛び出し、マヤは今まで無理をしていたのが彼に分かってしまいそうなほど、

弾んだ声を響かせる。

「えっ?ウソっ?」


「嘘じゃないさ。オフの前日の夜に大阪の取引先の社長と会食することになったんだ。それが終わり次第、最終の

新幹線で東京に戻れれば・・・と思っている。それが無理でも、オフの朝一番で戻るよ」

真澄はタバコの煙を吐き出すような音を立て、一呼吸おいてそう言葉を並べてきた。



「え・・・・」

ところがマヤは、その過酷なスケジュールを聞き、言葉を止めた。 

確か、オフを取る為に前日までびっしりと仕事を抱えていたはず。それから大阪に立ち、飛ぶようにして戻って

デートに付き合ってくれるなんて・・・。

そこまでしようとしてくれる彼の気持ちは嬉しい反面、戸惑いの気持ちが大きく圧し掛かる。


「そんな・・・いくらなんでも無理しすぎじゃ・・・」

「いや、俺は無理だとは思わないが」

マヤの言葉にも構わず、真澄はクールな声でそう言い放った。


「でも、それじゃ大変すぎます・・・」

「俺が大丈夫だと言っているんだから何も問題はないだろう」

真澄がまるで怒ったように言葉を出すと、マヤは言葉を失ってしまった。

――だって・・・――


小さな沈黙が流れ始めていた。


「迷惑だというのか?」

その沈黙を破る彼のセリフにマヤは言葉を取り戻した。


「そ、そんなワケないでしょうっ??」

「じゃあ、君も俺と同じ気持ちだと思っていいのか?」

「・・・・」


――同じどころか・・・きっと、あたしの方が気持ちが大きいに決まっている――


「そりゃあ・・・そうですよ・・・」

マヤが小さな声でそう答えると、真澄は僅かに間をあけ、何かを考えているようだった。


「速水・・・さん・・・?」



「それなら・・・一緒に・・・行くか?」



「・・・・?」


突然の真澄の言葉に、マヤは目をぱちくりとさせてしまっていた。




「・・・え・・・???」


「だから・・・俺と一緒に大阪まで着いてくるかと聞いているんだ・・・」

少しぶっきらぼうな言い方をした真澄に、マヤは呆然としながらオロオロと再び携帯を握りなおす。


「え、えっと・・・出張に?あたし・・・も?」

「ああ、そうだ。 向こうの社長との会食は俺だけで充分だが・・・それさえ終わればすぐにでも会えるだろう?

そうすればオフの当日は大阪観光ができるぞ」

「・・・」

マヤは、余りにも豪快な真澄の提案に圧倒され、ぴたりと言葉が出てこなくなってしまった。 


――急に大阪なんて・・・――

都内でのまともなデートさえも実現していないというのに・・・。


「確か、前日は君の稽古も昼までだろう?出発は夕方で間に合うし・・・行けるだろう?」

「・・・・・」


完全に真澄のペースになり、マヤは返答を迫られていた。 

もちろん、嫌なわけではなく、むしろ嬉しいのが本音のはず。

それなのに即答できない自分は何なんだろう・・・。



「マヤ・・・俺と一緒じゃ嫌なのか?」

話を詰めるように真澄がそうキッパリと尋ねてくると、マヤはようやく言葉を出した。


「えっと・・・その・・・イヤ、じゃないです・・・
けど・・・

「よし!決まりだな。 また連絡するから、当日までに出発の用意をしておいてくれ。 夜遅くにすまなかったな。

おやすみ」

「え?ちょ、ちょっと・・・あの・・・」

・・・真澄は一方的に言葉を並べたかと思うと、さっさと電話を切ってしまったようだ。


――もうっ――



マヤは呆然と携帯の画面とにらめっこする。


――なんて強引な人っっ――

と思いながら。




そしてワンテンポ遅れ、彼が言った”出発の用意”という言葉に反応し、ドキンと心臓の音が高鳴るのを感じた。


――えっと・・・えーっと・・・出発するのが夕方っていうことは・・・――


マヤは、その先を想像すると足に力が入らなくなり、ヘナヘナと座り込んだ。


――は、速水さんと2人で大阪に泊まる・・・って・・・こと!?――


ブンブンと首を振りながら、マヤは必死で自分を落ち着かせようとする。


――ウソウソウソウソッ!!そんなワケないっ!速水さんに限っては、そんなつもりはないでしょっ?――



マヤは真澄の言葉をひとつひとつ思い返していた。



――・・・俺と一緒じゃ嫌なのか?――



「嫌とか、そーいうんじゃなくて・・・」

無意識にブツブツと独り言を呟き、隣の部屋で寝息をたてている麗の存在を思い出したマヤは慌てて口元を押さえ、

その弾みで携帯を落っことし、更に慌てながら床に這いつくばって息を呑み込んだ。


――どうしよ・・・どうしよう――


静まり返った部屋の中、マヤの頭の中は思わぬ緊急事態発生となり、自問自答を繰り返すことになってしまった。






 
 











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